予告編や、インターネットに公開されている特別映像を観ただけで、胸をギューッと掴まれるほどの感動におそわれてしまいました。そして映画館で観て……ヒュー・ジャックマンさまらベテラン勢のみならず、エポニーヌが、コゼットが、マリウスがみずみずしく輝いて、「生きて」いる！　台本をいまいちど再構築し、各場面が必然的に、歌に乗ってちりばめられているその映像は「ロケの街並み」や「場面どおりのしっかりしたセット」があるから感動する、という陳腐なレベルではないことは、画面越しでもわかるのです。録音スタジオでの先録りではなく、演技をしながらライブで歌っていること、さらには、歌詞もしっかり字幕で訳されているので、曲の伝わり方も何重にも心に迫ってくるのです。まずは歌詞字幕を中心に、次は映像を中心に、さらには総合的に観て……と3度は観てしまいそう。いや仮に、そんなことは考えなくても、すぐに物語に引き込まれ、隅々まで『レミゼ』の世界を堪能する悦びに満たされることでしょう。いつだって肉体美を見せてくださるヒュー・ジャックマンさまの裸シーンがないとはいえ、このパーフェクトなキャストで今、映画化してくれたプロデューサーのキャメロン・マッキントッシュ氏への感謝の気持ちは、★５つでも足りません。この時代に生き、この映画に出逢えたことに感謝する、生涯大切にしたい大傑作。感動を手元において、毎日彼らに逢いたい！

監督業もノリノリのマドンナが腕によりをかけて描く英国王エドワード８世とアメリカ人女性ウォリス・シンプソンの禁断の恋。『英国王のスピーチ』のジョージ６世に王位を譲った兄の話である。王位を放棄してまで添い遂げたいと思わせたウォリスとは一体どんな女性だったのか…。その謎に強く惹かれた現代人女性のウォリーを登場させ、２つの時間を交差させながらウォリスの魅力を際立たせていく。豪華絢爛な美術と衣装、ウォリス演じるアンドレア・ライズブローに心を奪われ、切なくも大胆な恋の運命を歌うマドンナの音楽にハマり、すっかり"W/E"の虜になってしまうのは仕方ない。

プロのバレエダンサーになることを夢見て、日々レッスンに励む子供たち。夢に一歩近づくための登竜門となるコンクール「ユース・アメリカ・グランプリ」には、世界中から毎年5000人が応募するという。これがデビュー作となるベス・カーグマンが製作・監督・編集を手がけ、コンクールに挑む若きダンサーを追ったドキュメンタリー。我が子を見守る親の気持ち、コーチとの軋轢、思いがけないケガとの闘い、経済的な問題……、舞台裏の諸事情が映し出されるが、踊ることが好きで好きでたまらない、だからとにかく上を目指したいという、子供たちの純粋な気持ちとひたむきな姿に心を動かされる。

60歳の新人作家トーディの英国ベストセラー小説が原作。「イエメンの砂漠で鮭釣りを実現せよ」という突拍子もない依頼を「絶対不可能」と一蹴した水産学者のジョーンズ博士（ユアン・マクレガー）。しかし国際的重大事情（？）が絡まり、ゴーサインが出てしまう。コンサルタントのハリエット（エミリー・ブラント）と組んで難問に挑むが…。ビューフォイの小気味よい脚本とハルストレム監督の楽しい演出でノリがいい。『サラの瞳』のシリアス演技で魅せたトーマスが首相報道官役をピリっとキメれば、優男ユアンで和ませるというグッドコントラスト、さらにロケーション選びも的確でバッチリ。

90歳を超えて現役の報道写真家、福島菊次郎を追った長谷川三郎監督によるドキュメンタリー。彼が見つめてきたものは、原爆、三里塚闘争、安保闘争、東大安田講堂事件、水俣病、祝島や3.11後の脱原発デモなど、戦後ニッポンのフロントライン。年金の受け取りを拒否し、子供からの援助も断り、愛犬と共にわずかな原稿料で生活するなど、ストイックな姿勢が徹底している。37キロしかない小さな体から、なんと大きなエネルギーが迸ることか。彼のようにプライド高く、自分の信念に忠実に潔く生きたいものだ。ますます混迷を極めるこの国で当事者として生きていく、若い世代にこそ観てほしい。

ポール・マッカートニーが数年前から自らの作品をアトランダムにリマスターし決定版としている。その最新作こそがこのウイングス絶頂期（76年全米ツアー）のライヴ盤だ。同ツアーの記録映画「ロックショウ」が歩みを揃えてブルーレイ＆DVD化されたこともあり、今、世界中がウイングスの凄さを再認識するモードに入っている。ライヴ盤なのにMCを一切カットして収録した構成はリリース以来首をかしげていたが、今回聴き直して37年目にして腑に落ちた。このアルバムの裏コンセプトは、ライヴ・ヴァージョンのみで編んだウイングス「名演集」なのだ。ポールはウイングスをライヴ・バンドとしてどのような高みまで育て上げたか、様々なスタイルの楽曲を例に取って後世に残したのだ。ポールがビートルズ後期にライヴ活動再開を提案してジョンやジョージに一蹴されたとき頭に描いていたのはこんなライブだったのだ。一方で、もしビートルズが70年代になお存続していたと仮定しても、あの時期のジョンとジョージが楽しげに「バンド・オン・ザ・ラン」や「ジェット」のコーラスをやる姿は想像できない。各自の音楽的指向があまりに違ってしまっているからだ。となれば、やはり解散しかなかったのだ。昨今いろんなバンドが解散理由に「音楽性の不一致」を挙げるが、ビートルズほどその表現が解散理由としてふさわしいバンドはない。そんなことまで思索させてくれるアルバムである。それにしても当時ビートルズ作品と比較され続けたソロ作品群のクオリティの高さ。どんな小品ひとつも、もし他の人が作っていたなら彼の代表作になるであろうその質と量は、漫画界における手塚治虫に例えればわかっていただけるだろうか。当時LP3枚組でのリリースにもかかわらず全米1位まで獲得した驚異のアルバムだが、一気に聴くとお腹いっぱいになりすぎる方もいるかもしれない。

「シェイクスピア別人説」の歴史ミステリーにローランド・エメリッヒ監督が挑む。なかでも有力なオクスフォード伯エドワード・ド・ヴィア説、そのエドワードを演じるリス・エヴァンスは持ち味の"３枚目"を封印し、重厚かつ繊細に裏の"シェイクスピア"演じ切り圧巻だ。エメリッヒ演出のVFXを駆使した壮大で宇宙的な中世世界、16世紀末のロンドンの街並やグローブ座の再現、さらに衣装や美術も見応え十分。説得力ある脚本は、25年間このテーマを研究していたというジョン・オーロフが手がけた。バネッサ・レッドグレイヴ演じるエリザベス１世や各々人物描写も見事、もうエドワード説にすっかり染まってしまった感が…。

最近の気になる音楽といえば、再び話題を呼んでいるアシッド・ジャズ（英国ジャズ・ファンク）である。ブランニュー・へヴィーズ、インコグニートの監督ブルーイ初ソロ、そのブルーイ制作のイタリア人気歌手マリオ・ビオンディ、と新作リリースが賑やかだ。そんな動きに絡んだ米国からの話題作といえば、アトランタの注目すべきプロデューサー、ベース奏者、作曲家であるカーリ・シモンズの日本デビューアルバム『サンフラワー』という事になる。これは、＜エピキュリアンのための時代を超えた音楽＞をコンセプトにした新しいレーベル、ミラマーから先頃届けられたもの。内容は、インディア・アリー（シモンズのバンド仲間の女性歌手）が歌うスティービー・ワンダー名曲のボサノバ・カバーを始め、NY在住のMONDAY満ちるのブラジル風味スキャット、インコグニート全面参加の楽曲といったご機嫌な全12曲で、ミックスを手がけたのはブルーイだ。メロウなグルーヴ感あふれるセンス抜群のシモンズの音楽世界を、大人の音楽ファンにお楽しみいただきたく、高リコメン！

夫とは仮面夫婦で、婚外情事についての論文を準備中の大学教授ヘジョン。彼女の研究室を訪れた学生ウサンを助手に婚外情事の経験者を取材しながら、ヘジョンは19歳年下の彼に惹かれていく。しかしウサンには秘密が……。大胆な性愛描写にアヤシ気な大人の社交場への甘い誘惑、いまも姦通罪が残る韓国でこんなのあり!?　と驚くこと必至のR-18指定作品。小柄で童顔、ドラマでおなじみチャン・ソヒと、がたいのいいチョン・ソグォンがもどかしい師弟関係を演じ、それぞれの心の内をなぜかコピー機とデジカメがナレーションで代弁しながら物語が進む。迷える日本のアラフォー女子も必見！

70年、ポールが3人のメンバーを訴え、ビートルズは解散した。それはビートルズを悪徳マネージャーから守るためであり、3人も後年感謝したことが数十年後に判明するが、事情を知らぬ世間に「ビートルズを解散させた男」と誤解された状態がポールのソロ時代の始まりだった。逆風の中、ポールは無名の若手で固めた新バンド・ウイングスを結成、ドサ回りから始め、76年にシングル、アルバムともに全米チャート1位の中で全米ツアーを敢行、大成功させるに至った。この映画は、ゼロからふたたび世界の頂点に立ったそのコンサートの記録である。ポール、当時34歳。ヴォーカリスト、作曲家、演奏家いずれの側面においても圧倒的な才能を見せつける。ビートルズ曲は5曲のみ。アコギ（夢の人、ブラックバード、イエスタデイ）かピアノ（レディ・マドンナ、ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード）である。そう、70年代は4人が「元ビートルズ」という肩書きを嫌っていた10年であった。5曲も演ってくれたことがむしろ大事件だった。それから更に数十年が過ぎた今、ビートルズ・ナンバーを多数含む3時間のコンサートを超人的な若さで行なうポール71歳。すべてを良き思い出として見つめられるようになったのだ。ウイングス・ナンバーも今ではロック・スタンダードとなり、イントロが始まるだけであの全米ツアーを想起して会場は大興奮である。ちなみにこの映画には長短２つのヴァージョンが存在する。80年代初頭に各国で上映された際、日本のみ他国より長い「完全版」だったのだ。ビデオ/LD化は「短縮版」だったため「完全版」は長らく幻となっていたが、今回めでたく「完全版」でのBlu-ray/DVD化（およびリバイバル上映）とあいなった。

詐欺師コンビのタケ（阿部寛）とテツ（村上ショージ）は、ある日、身寄りのないスリの少女まひろを助け、成り行きでまひろと姉、その恋人の３人と同居することに。家族のような生活を始めた５人は、タケが詐欺師となるきっかけを作った張本人、ヤミ金業者のヒグチ（鶴見辰吾）と対決する…。道尾秀介の人気ミステリー小説が原作。大どんでん返しに向けて、新鋭伊藤匡史監督が「１回で発見するのは、無理な物が多いですけど」と語る、様々なシーンに仕掛けられた小さなヒントや記号、伏線の数々。それにしても村上ショージの"上手くない"演技にはつい気が緩んでしまった…。

天才監督ウディ・アレンのすべてがわかる激レアなドキュメンタリー。幼少から現在に至るまで、人生、仕事、ヒット作の内幕を明かし、さらに最近のプライベートにまでカメラが密着、素顔も覗かせる。新聞やラジオ番組にジョークを提供するギャグライターとしてデビューした10代、スタンダップ・コメディアン時代の抱腹絶倒の映像、たびたび見せる頭脳のキレ、まさに「天才」の起源だと知る。ダイアン・キートンはじめ歴々のミューズたちのインタビューは、美女たちがなぜ次々に魅了されるのか明かしていく。なおミア・ファローは出てこない。理由をウィード監督に訊いてみたいものだが…。

結婚40年目にして夫アルフィ（アンソニー・ホプキンス）に去られ、自殺まで考えたヘレナ（ジェマ・ジョーンズ）、占い師のインチキ予言に癒されてスピリチュアルにのめり込む。一方アルフィはコールガールにプロポーズ？　そんな両親を心配する娘サリー（ナオミ・ワッツ）も売れない作家の夫にご不満。勤務先のイケメンボス（アントニオ・バンデラス）に惹かれ、さらに夫は夫で近所の若い美女に心奪われ…。２組の夫婦が破綻と、４つの新しい恋。懲りない男女の"恋の幻想"と現実の、ちょっと残酷な落差を粋に描くウディ・アレン。枯渇を知らない天才のアイディアの宝庫をただただ堪能。

マイホームを持つことは人生の夢であり、経済的な余裕がなければ難しい。それはなぜか？　なにか間違ってないか？　「建てない」建築家の坂口恭平が、自分の身の丈に合ったホームを作ってみようと、「ホームレス」と呼ばれる路上生活の達人たちに学び、移動可能な住まいを自作する。本田孝義監督によるこのドキュメンタリーでは、家づくりの過程を追いつつ彼の思想や人柄を映し出し、当たり前だと思っていた住まい方についての固定観念を覆す。こういう生き方も可能だと腹をくくれたら、私たちはもっと自由になれるのかも。目からウロコ。『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』など、坂口の著作も面白い。

几帳面な性格の香苗は、編集長を務める職場で「結婚することにしました。相手は決まっていません」と唐突に結婚宣言。一方、ボロアパートで暮らす貧乏役者の桜井は、銭湯で滑って記憶を喪失した男のロッカーの鍵を手に入れるが、なんと男の正体は伝説の殺し屋コンドウだった……。緻密に練られた脚本の名手でもある内田けんじ監督によるコメディ。３人の運命が交錯し、思いがけない方向にごろごろ転がっていく、そのスピーディーな展開が楽しい。桜井役の堺雅人、コンドウ役の香川照之、香苗役の広末涼子がそれぞれ個性的な役柄をこなし、芸達者ぶりを発揮して爽快な笑いをもたらしてくれる。

妻（坂井真紀）をトラックにひき逃げされ、ささやかな幸せを一瞬にして破壊された中村（堺雅人）は、喪失と絶望の中、ある計画を着々と進行させていた。一方ひき逃げ犯の木島（山田孝之）は反省もないまま２年の服役を終え、のうのうと元の荒くれ生活に戻っていたが、ついに"その夜"はやってくる…。劇団THE SHAMPOO HATの赤堀雅秋が自身の戯曲を映画用に脚本化、監督にも初挑戦した。孤独な男の絶望感を鬼気迫る演技で魅せる堺と、虫ケラのように情けない木島の心の奥底に微かな人間の光を灯させる芸達者な山田、脇には田口トモロヲ、新井浩文、綾野剛ら個性派が揃って不穏なノアールを派手に彩りつつ、胸をえぐる。

「落語とは人間の業の肯定である」、「落語はイリュージョンだ」など、独自の落語哲学を貫き体現した落語家、立川談志。五代目柳家小さんに弟子入り、のちに「立川流」を創設して"家元"となり、"落語界の異端児"として生涯を駆け抜けた。晩年の姿を追うドキュメンタリーと、十八番の、イリュージョン落語『やかん』と人情話の『芝浜』をじっくり味わえる贅沢な時間。お馴染みの毒舌とは裏腹に落語への真摯な想いを映像が映し出す。それにしても、本作を作るきっかけとなった、談志の追悼会「立川流 in 平成中村座」を開催した当の中村勘三郎が早くも亡くなるとは、どうにも寂しい限りだ。

目も当てられない悲惨な事件が起るたび、その経緯や裏側はどんなだろうと思わずにはいられない。この映画の主人公、ジョセフも（ピーター・ミュラン）もある小さな事件を起こす。妻を亡くし、悔恨と自暴自棄になった自分を持て余すとき、天からひとすじの光が射すような慈しみ深いハンナ（オリヴィア・コールマン）に出逢い救われる。しかしハンナも夫のDVという心の闇を抱え怯えのなかにいた。傷を舐め合うかのようにふたりの距離が縮まったとき、さらに事件が…。心の痛みや悲しみ、孤独を落ち着いた演出で表現したのは俳優でもあるパディ・コンシダイン監督。「憧れの監督はケン・ローチ」と語るとおり、地味ながら人間観察の深さが沁みる。

バイオリンを壊され、絶望した音楽家のナセル・アリは死を決意。ベッドに横たわって死に方を考える彼の頭の中を、人生の様々なシーンが去来する……。『ペルセポリス』で国際的な注目を集めたイラン出身のアーティスト、マルジャン・サトラピ監督第２作。前作同様、自身のコミックをベースに、今回は実写映画に挑んだ。「昔々あるところに、誰かがいて誰もいなかった」、そんなペルシャの昔話のように幕が開き、観客はマチュー・アマルリック演じる主人公の死を知りつつ、８日間の追憶の旅に同行する。サトラピらしい斬新で豊潤なアートとユーモアのセンスに心を奪われる、大人のためのおとぎ話。

美しくも気侭な女優キャロル（ローラ・スメット）の撮影でアパルトマンを訪ねたカメラマンのフランソワ（ルイ・ガレル）。ふたりはその日から激しい恋に堕ちていくが、キャロルには夫が。次第に歯車が狂いだし、キャロルは精神を病み命を絶つ。その後、別の女性と結婚したフランソワの家の鏡に異変が…。友人画家をモデルに悲恋を描いたフィリップ・ガレル。モノクロの陰影のなかに映しだす恋人たちの輝きと哀しみが儚く美しい。ゴダールやリヴェット作品のカメラマン、故ルプシャンスキーの最後の作品となった。注目のガレルの息子ルイは『灼熱の肌』でも熱演している。

デートクラブを介して出逢った80歳のタカシと女子大生の明子の危うい関係。文字にすると何やら怪しい香りだが、ほんの24時間足らずの間に起こる意外な展開に目が離せなくなる。明子につきまとう男、ノリアキ（加瀬亮）の存在がふたりの関係性をさらに変化させ…。初の日本での撮影に挑んだキアロスタミ監督、おなじみの車の中の会話、キャスティングの妙、即興のように見えるが実は綿密な計算された演出のひとつひとつ、世界の片隅で微妙に温度を変えていくカップルに注ぐ独特の視線に酔いしれる。冒頭のカフェシーンや車の中から明子が祖母を探すシーンは圧巻。

高校生の卓巳は助産院を営む母と二人暮らし。友人の誘いでアニメ関連のイベントに出かけた彼は、アニメ好きの主婦に出会う。彼女の家でコスプレをさせられ、そのまま抱き合うが……。山本周五郎賞を受賞した窪美澄の同名小説を、タナダユキ監督が永山絢斗＋田畑智子主演で映画化。脚本を手掛けたのは『俺たちに明日はないッス』でもタナダ監督と組んだ向井康介。観ている最中に原作を以前読んだことを思い出した。シングル家庭、虐待、貧困、介護、不妊治療など今日的な話題が詰まった物語はセンチメンタルで胸が痛むが、原作のエッセンスを伝え、瑞々しいビジュアルで綴られる映画はさらりとした質感だ。

第二次世界大戦下のポーランド。下水修理人のソハは、地下水道に繋がる穴を掘っているユダヤ人たちを発見。ドイツ軍に売り渡するチャンスだったが、彼らを匿う見返りに金銭を得ることを思いつき……。ヒーローではない、コソ泥でもある主人公が、いつの間にやら自分でも信じられない変化を遂げ、人々を守り抜こうと奮闘する。ホロコーストを扱った映画は多々あるが、本作のユダヤ人は地下で愛し合い、出産するなどたくましい。メガホンを取ったポーランドのアグニェシュカ・ホランド監督いわく、生き抜くことの大切さはユダヤ教の教えとか。極限下での人間の強さと優しさに心を動かされる。

83年共産党政権下のブルガリア、幼いアレックスは両親と共にドイツへ亡命した。その25年後、一家で故郷へ帰ろうとした矢先に自動車事故で両親を失い、さらに記憶も失ってしまう。さて孫を心配して迎えにやってきた祖父バイ・ダン。バックギャモンの名人で、政治活動家だった過去を持つ。ふたりはブルガリアへ向け、タンデム自転車に乗って出発した…。祖父役はクストリッツァ作品の常連、ミキ・ミノイロヴィッチ。旅をしながら、驚くほど若々しい魅力で引きこもりの孫を引っ張り、バックギャモンの人生哲学を伝授する。ブルガリアの歴史を知り、真の自分を見つける爽快なロードムービー。

秘められたハワイ史とハワイの民族文化に光をあて、近代化された現代のハワイとは違うハワイを映すフィクション。イオラニ宮殿の土産物店にあったカイウラニ王女の写真に心奪われたイギリス人監督のマーク・フォービー、入念な調査を重ねて、23才で他界したハワイ王朝最後の王女の生涯をドラマチックに描いた。ペルー人とアメリカ人の血が流れるクオリアンカ・キルヒャーのエキゾチックで知性溢れる王女役は素晴らしく、彼女自身が人権活動家でもあることもその毅然とした演技から納得。現実に王女と日本の皇族との縁談もあったというからなおさら親近感と縁を感じながら観てしまう。

美女ミロクローゼに恋したオブレネリ ブレネリギャー、迷える青年たちに辛辣な言葉を浴びせる熊谷ベッソン、愛するユリを捜し続ける浪人タモン……。マネキン家族が主演の『オー！マイキー』で知られる石橋義正が、監督、脚本、美術、編集、音楽を手掛けた風変わりな恋愛映画。華麗なダンスにド派手な大立ち回り＆大見得あり、キャラの異なる３人を巧みに演じ分けた山田孝之の芸達者ぶりに目を見張る。おいぼれ彫り師役で鈴木清順監督が登場するほか、脇役陣も魅力的。mama!milkの生駒祐子と清水恒輔が参加した音楽など、見どころ、聴きどころ満載で、疾風怒濤の90分が駆け抜ける。