1986年、イギリス。ソーシャルワーカーのマーガレットは、幼少時にオーストラリアに送られたという養護施設出身の女性と出会う。調査を進め、施設の多くの子供たちが海を渡り、労働させられたという驚愕の事実を知り……。数年前に両国の首相が相次いで公式謝罪した「児童移民」。誹謗中傷に遭いながらも真実の追求に心血を注いだ実在の女性を描いたジム・ローチ監督の長編デビュー作は、父ケンの作品に負けないクオリティの、父の眼差しにも似た社会派の傑作。母を求め、自分が誰なのか知りたい人々のために奔走する彼女もまた母親で、自身の子供たちに寂しい思いをさせた心の痛みも丁寧に掬う。

農村にふらりとやって来た謎の女キヨミ。行き場のない彼女はバスの中で声を掛けてくれた老女キヌの家に居候することに。その家で一緒に暮らしている青年マサル、近所のトマト農家のタツヤ、酪農家のシンジ、3人の男たちがキヨミに惹かれて……。『おだやかな日常』も公開中、内田伸輝監督の最新作にして獣シリーズ第２弾（？）は、ワケありの女キヨミに翻弄される���たちの恋の鞘当て。相手によってキャラをがらりと変えるキヨミ役、山崎真実の魅力を堪能しつつ、人間の業の深さと優しさに感じ入る。キヌ、マサル、キヨミが囲む食卓で、漬け物をかじるポリポリという音が心地よく響き、ホッと心が安らぐ。

両親と暮らす在日２世のリエ。兄ソンホが、70年代の帰国事業で北朝鮮へ渡って以来25年ぶりに帰宅する。病気治療のため、３ヶ月の一時滞在だったが……。『ディア・ピョンヤン』『愛しきソナ』に続くヤン・ヨンヒ監督の第３作は、自身の実体験をドラマ化した初の劇映画。祖国が楽園だと信じて息子を送り出した父、仕送りを生き甲斐にしてきた母、日本でのびのびと暮らしてきたリエ、日本にいても監視され続けるソンホ。家族を引き裂いた四半世紀の時間の重さがずっしりとのしかかる。安藤サクラと井浦新が演じる兄妹の、互いへの心配りに涙し、絶対的な力に従わざるを得ない憤りと悔しさに共感する。

1995年、ピョンヤン。ビデオカメラに向かって愛くるしい笑顔を見せるソナは３歳。在日２世の映像作家ヤン・ヨンヒが、姪の成長を軸に、離れて暮らす３人の兄と家族への想いを綴る。訪朝のたびに記録された映像から、バイアスのない一般庶民の日常が垣間見え、長期にわたって見つめ続けた親密なまなざしには愛があふれているが、前作『ディア・ピョンヤン』を作ったことで監督は入国禁止に。分断された朝鮮半島、そして海を隔てた日本の狭間にあって、引き裂かれる心。自分の分身とも思えるソナへ、会えなくてもいつも想っているよと伝えたい監督からのラブレターのよう。

3.11後、仙台市出身の岩井俊二監督が武田邦彦、鎌仲ひとみ、上杉隆、山本太郎、小林武史ら、各界の人々に震災、特に原発に関するインタビューを重ねていく。インタビュイーとは別に松田美由紀がナビゲーターとして登場するなど、脱原発オールスターといってもいい豪華な顔ぶれ。新しい出会いもあれば、故郷を訪ねて果たせた旧友や先輩との再会もある。すべての人たちをポスト3.11の「新しい友人」として捉え、それぞれの言葉を引き出すことで、現在の状況と未来への展望を映し出すドキュメンタリー。あれから２年。何が変わって、何が変わらないのか。友人や家族と話す契機にしよう。

バイク屋であり、裏では殺し屋稼業にも手を染めてきた健（新井浩文）は"組織"からの足抜けをもくろむが…。一方、10年前に刑事だった健の父親（永瀬正敏）が殺された真相は闇の中。謎を追いかける刑事（泉谷しげる）、健の兄貴分（村上淳）、さらに靴磨きのおっちゃん（田口トモロヲ）が絡み、ストーリーは思わぬ展開へ。バイク事故で亡くした親の敵をとろうとバイク屋に爆弾をしかけた少年、剛の存在はユニークで、抜擢された新人の新居延遼明は初々しい刺激をもたらしている。チバユウスケの楽曲にインスパイアされて生まれたというハードボイルド、音楽も全編チバが担当し、疾走感たっぷりの仕上がりに。

カルト教団のカリスマ教祖、吉野ルイ（藤原竜也）はボディーガードに護られるはずが逆に命を狙われる。一方、謎の美女、流美（水原希子）はルイに近づき、過去の哀しい話を告げる。教団の存続をめぐり骨肉の争いが始まり、さあ、神は何を望むのか…。震災や友人の他界を経た後、沖縄の美しい海と空の下で人間の生命力と運命にかけようとした豊田利晃監督。かねてからの念願だった藤原とのコラボも果たした。初豊田組で自分の限界を越えようともがく藤原と、自身の運命と格闘する教祖のルイがみごとにシンクロ。何にも動じないニヒルな殺し屋役、松田龍平との共演も見逃せない。

「たまらず実写化」の予告編の文字に胸、躍る！　ダイナマイトボディ・壇蜜さまが、自分に気がある社内の男性に「今夜セックスしましょう」という蜜会メールを送りつけたり、板尾創路さまを「先生」と呼んで隷属したり、杉本彩さまと板尾先生をめぐるエロス競艶したり、まさに「サービスと満足」の「SM」提供者です。最近はサンジャポファミリ���として、朝から官能を振りまく蜜さまを、教育的調教したい、されたい！　お経からその名前を考えたという壇蜜さまの「蜜教」信者になりそうです。ああ、DVDで、壇蜜さまと、蜜会！

ライターの歩美と中国人カメラマンの暁江（ギョウコウ）は国際結婚カップル。勤務先の出版社が倒産し、失職した暁江を歩美が石垣島旅行に誘う。すっかり島に魅了されたふたりはそのまま移住を決め、新しい生活がスタートするが……。食べるラー油ブームの火付け役「石垣島ラー油」を手掛ける辺銀夫妻の物語を、平林克理監督が小池栄子＆ワン・チュアンイー主演で映画化。島内でベストの材料を探し、島民の助けを得て試行錯誤を重ね、オリジナルのラー油で成功したふたり。帰化申請する夫の面接を軸に、過去を回想する形で夫婦の愛情に満ちた絆を描く。夫妻が作ったおいしそうな料理にも注目を。

リストラ対象者を決めるくじ引きで自ら当たってしまった労働組合委員長のミシェル。会社側に従わざるをえなかったせめてもの償いのつもりだったが…。一方、ミッシェルと妻のマリ＝クレールは結婚30年目の熟年夫婦、支え合って善良に生きてきた。しかし強盗に結婚記念祝いのタンザニア旅行チケットを盗まれ、社会の冷風に遭う。犯人は意外な人物だと知り、愕然とするミシェル。でもなぜ？　一貫して故郷マルセイユを舞台に映画を撮ってきたゲディギャン監督、父はアルメニア人の港湾労働者、自らも労働運動に関与してきたインテリでもある。知識と経験に裏打ちされた現実感、光あふれる南仏の人情ドラマの深さに魅せられる。

東日本大震災から数年後、20XX年の長島県大原町。酪農を営む一家が地震と原発事故に遭遇する。泰彦は認知症の妻と居残ることに決め、息子の洋一と妻いずみは自主避難。家族が引き裂かれ、やがて泰彦たちも強制退避が命じられるが……。次々に話題作を生み出す園子温監督の新作。今回はバイオレンスや血のりを封印して原発事故を真正面から扱い、人々の怒り、悲しみ、悔しさ、虚しさ、そして希望をリアルに描く。日本にはもはや安全な場所などどこにもない。このままいけば、ちょっと先の未来に同じことが起こりうるだろう。そんな想像を映画として見せてくれた本作に背筋がゾクッとさせられる。

５周年を迎え、常連客で賑わう貫也と妻・里子の小料理屋が家事で全焼。意気消沈した貫也が店の客だった玲子と一夜を共にする。浮気を知って憤る里子だったが、夫の才能に気付いた彼女は結婚詐欺を思いつく……。西川美和監督の新作は、新しい店を持ちたいという夢のために、寂しい女たちに夢を売る詐欺師夫婦の物語。松たか子扮する妻が脚本を書き、阿部サダ夫扮する夫が演じるという役割分担が可笑しい。ずる賢さがなく、情があり、こんな詐欺師たちなら、騙されても笑って許せるかも？　西川監督らしい軽妙洒脱な語り口で、夫婦って、人生って、幸せってなんだろう、なんてことまで考えさせてくれる。

幼くして国王である父を亡くして以来、継母の女王により城に閉じ込められてきた白雪姫は18歳。女王の贅沢三昧な暮らしぶりのせいで、王国はすっかり傾き破産寸前だ。裕福な隣国の若いイケメン王子と結婚しようと企む女王だったが、彼は白雪姫を見初めて……。美しい映像のシークエンスに圧倒された『落下の王国』のターセム・シンの新作は、くすくす笑えるポイント満載の痛快なエンタテインメント。グリム童話の名作がベースだが、マサラムービーばりのド派手な大団円にインド人監督らしさがちらり。残念ながらこれが遺作となってしまった石岡瑛子さんの、遊び心あふれるゴージャスな衣装も必見です。

「道を歩いていて、ひと筋の雨粒が落ちるのを見て泣きたくなるの」。こんな切ないセリフをさらりと書くサラ・ポーリー、２作目となる監督作品で脚本と製作も担う。ホームタウンのトロントで全編撮影、サラ行きつけのお店やデートスポットがふんだんに使われ、楽しみは２倍に。ミシェル演じるマーゴはチキン料理本作家の夫、ルー（セス・ローゲン）と幸せながらもマンネリ化した日常を送る、でも実は窒息しそうだった自分に、アーティスト志望のダニエルに出会ったことで気づく…。ルーとダニエルの間で悩むミシェルの可愛らしさに見蕩れる２時間。ちなみにローゲンは『宇宙人ポール』の声を演じたコメディアン俳優である。

聴覚障害者学校で教職を得たイノは、着任初日、職を与えた見返りに金を要求してきた双子の校長と行政室長に不信感を抱く。教師が男子生徒を殴りつけ、寮長が女子生徒の頭を洗濯機の水中に押し込んでいるのを目撃した彼は、暴力と性的虐待が日常的に行われていると知って真相究明に乗り出すが……。つい数年前に韓国で起こった実話ベースのドラマ。人気作家コン・ジヨンの原作小説を読んだコン・ユが映画化を熱望、自ら主演した。映画のヒットにより民意が動き、学校は今年２月に閉校に追い込まれ、子供たちを守る新しい法律も誕生。映画が社会を変えた。そんなことが日本でも実現できたらいいのに。

3.11後、カメラを携えて多くの人々が東北に向かう中、森達也、綿井健陽、松林要樹、安岡卓治も車に乗り込み、一行は福島第一原発を目指した。しかし、タイヤがバーストし、装備不足を感じて石巻へ。沈痛な様子の中に、ある種のハイな空気も見える。場数を踏んだドキュメンタリストたちが何を伝えたいのか、最初の数十分間はよくわからなかった。が、遺体を捜索する家族たちが、見つかった遺体のそばに駆け寄るカメラに対して不快感を示し、森が戸惑いつつも懸命に意図を説明する、そのシーンでようやくわかった。報道とは何か？　自ら傷つきながら自問自答する、私はそれが観たかったのだ。

不意の事故で末っ子を失い心のバランスを崩す母、不倫中の父、外務省勤めの同性愛者の長男、父と対立する建築家の二男、心理カウンセラーの長女は問題満載の家族を心配しつつ見守る。ある日、二男ニーノ（ロレンツォ・バルドゥッチ）が不法移民の女性を匿ったことから、崩壊した家族に変化の兆しが訪れる。イタリア大河ドラマ『輝ける青春』の脚本家がふたたび挑む長編家族ドラマ、現代の複雑な国際情勢を背景に多彩なテーマを絡ませ、崩壊する「家族」というユニットの意義を探る。異質なものへの寛容と変化を恐れない勇気、そこに未来へのキーワードが見えてくる…。

チェルノブイリ原発事故の12年後を写すドキュメンタリー。かつて原発労働者が暮らしたプリピャチ村からは事故直後多くの人が避難したが、撮影時には約700人が戻って生活していた。時間とともに世界の関心が薄れ、忘れられたかのように存在する"ゾーン"（立ち入り禁止区域）に入り込み、住人の話を聞く。不可視な"放射能"という恐怖をどうやって観客に感じてもらうか。前作『いのちの食べかた』でも真実を淡々と見せたゲイハルター監督、あえてモノクロで、音楽もナレーションも使わず、静寂の中、深刻な影響を放ち続ける"恐怖"を表現。この現実はもはや他人事ではないのだ…。

バレーボール部のエース、桐島をめぐる噂からストーリーが始まる。しかし当の人物はでてこない。なのに桐島を中心にすべては展開する。そんな不思議な作風の朝井リョウの同名小説を吉田大八監督が大胆に再構築、まったく新しい「学園映画」を生み出した。生徒の誰もが常に主役であり、当然周囲はそのつど脇役となる。もちろんその逆も起きている。吉田監督はアングルを替えて"ひとつの事象"を繰り返し再現、プリズムのように光を反射させ、退屈にみえる「高校生活」があたかも細胞分裂を繰り返す生き物のように生命を与えられていく。神木隆之介はじめ宝石の原石のようなポテンシャルを秘めたキャスト陣も魅力的。

昭和の文豪たちの珠玉の短編６話を３話ずつ、「見つめられる淑女たち」と「告白する紳士たち」に分けて上映された本作が２枚組DVD-BOXに。個人的に、なんだか得した気分になるオムニバス作品が大好物なのだが、宮沢賢治の『注文の多い料理店』を冨永昌敬、永井荷風の『人妻』を熊切和嘉、坂口安吾の『握った手』を山下敦���など、日本映画界の気鋭の監督たちと、石原さとみ、谷村美月、橋本愛、成海璃子、リリー･フランキー、山田孝之、三浦貴大ら注目の俳優陣のコラボが実現した夢の企画は、日本文学＆日本映画ファンには垂涎もの。そこはかとないエロティシズムと昭和の薫りを運ぶおくゆかしさに魅了される。

高級住宅街アレッタ通り388番地に屋敷を構える夫婦、ジェームズとエイミー。妻と喧嘩をしたまたジェームズは仕事に出るが、帰宅してみると「頭を冷やしたい」という書き置きを残して彼女は姿を消していた。不審な出来事の後、拘束されたエイミーの姿をパソコンの画面に見つけたジェームズは……。『CUBE』『スプライス』のヴィンチェンゾ・ナタリが製作総指揮を務めるサスペンス・スリラー。常に誰かに監視されているような、ズームインする手持ちカメラの映像や、床すれすれからのショットがぞくぞくする緊張感をあおり、見えない敵との闘いはエンドロールまで不気味に続いていく。

40年以上にわたり時代を見つめ続けてきたフレデリック・ワイズマン監督の最新作は、女性ダンサーの魅惑的なショーで知られるパリの老舗キャバレーが舞台。シルエットで浮かび上がるパーフェクトなボディ、惜しげなくさらされる裸体。芸術かビジネスかと真っ向からぶつかる制作＆経営陣、ここで踊りたいと各国から集うダンサーたちの素顔、オーディション風景など、肉体にこだわる今年82歳の巨匠が、フィリップ・ドゥクフレによる新演出のショーが創られていく過程を見つめる。現場にいるかのように魅了され、興奮して温かい気持ちに。監督とドゥクフレのファン、おしりフェチの人も必見！

イーハトーヴの森で両親と妹ネリと幸せに暮らしていたブドリ。冷害が森を襲い、両親は家出、ネリは謎の男にさらわれてしまう。取り残された彼は工場や畑で働き、やがて火山局に勤めるが、再び冷害がやってきて……。名作『銀河鉄道の夜』を手掛けた杉井ギサブロー監督とスタッフによる、同じく宮沢賢治作品をベースにしたアニメーション。危機が訪れたとき、自分にいったい何ができるのか。『雨ニモマケズ』を愛したブドリの信念と勇気に力をもらう。ノスタルジックかつ近未来的なアートワーク、エキゾチックな雰囲気を醸す小松亮太のバンドネオンと佐藤直樹のタイポグラフィにも心奪われる。

小さな町の古いアパートで、中学生の孫ジョンウクと暮らす66歳のミジャ。「あなたも詩人に」という文学講座の貼り紙を見て受講することに決め、生まれて初めて詩に出合うが……。カンヌで脚本賞を受賞したイ・チャンドン監督の新作。伝説の大女優ユン・ジョンヒが、ほわんとした柔らかな空気をまとった少女のような老女をナチュラルに演じる。不可視の美を探求するミジャの旅に、韓国で実際に起きた事件から着想したという少年犯罪が影を落とす。弱者へのまなざしがどこまでも優しく、音楽を排除するなど、ことさらドラマチックに仕立て上げようとしないがゆえにじんわり余韻が残る。

結婚して50年になる老夫婦の、平和な日常を孫娘が撮影。ある日、おばあちゃんが認知症だとわかり、おじいちゃんには癌が見つかる。孫娘の母親が介護をする日々が始まり、やがて別れが訪れる……。５年間にわたって武井彩乃が自身の祖父母を記録。その映像を使い、横山善太が監督を務めてドキュメンタリーを作り上げた。半世紀を共に過ごした伴侶がいて、80代まで生きて、最期は家族に看取られる。晩婚化が進み、孤独死も多い現代においては、こんなふうに逝ける人は本当に幸せだ。おじいちゃんの死を知らされたおばあちゃんの言葉「平気だよ。しょうがない」がしんみりと胸に響く。

砂漠のような黒い大地を薄い衣を纏った女が駆けていく。追っても追っても掴まえられない。幻想的な風景がリアルな世界に自由自在に現れては消えていく。「どうせなら、思い切り遊んでみた」と話す鬼才若松孝二監督。親友船戸与一のハードボイルド小説を映画化し、物語から思いのままに飛躍しながらも人間の愚かさ、脆さ、生命力を渾身の力で描ききる。地���豪、井浦新（ARATA）、大西信満など若松組常連キャストの中、男を惑わす謎の女を演じ、純粋で妖艶な華を咲かせた片山瞳に注目。果たして刑務所を出所したばかり男（地曵）が友（井浦）と抱いた共同幻想の結末はいかに…？

2011年5月。雨がぽつぽつと降り出した夜の東京を、ミュージシャンの前野健太がギターを弾き、歌いながら彷徨う。激しくなる雨の中、バイクに乗って次の街へ。独りで歌う様は寂し気にも見えるが、やがて夜が明け、雨が止んだ薄曇りの空の下、歩いていく姿は力強くもある。前作『ライブテープ』では、元日の吉祥寺で弾き語りする前野を74分１カットで映し出した松江哲明監督が、再び撮影の近藤龍人、録音の山本タカアキらと組み、3.11後の明りが消えた東京を撮った。あのときの街の暗さを、沈鬱な空気と気持ちを忘れずにいたい。監督が自主制作した２枚組のDVDは豪華な特典盛りだくさん。REALTOKYOのインタビューも収録された112ページのブックレットはお宝ものです。

港町ル・アーヴルで靴磨きをしながら日銭を稼ぐマルセル。貧しいながらも愛妻アルレッティと愛犬と幸せに暮らしていたある日、アフリカからの不法移民の少年に出会い、彼を助けようと大奮闘するが……。アキ・カウリスマキ監督の５年ぶりの新作は、フランスが舞台。社会の片隅で生きる人々への眼差しと仏頂面からにじみ出る可笑しさは相変わらずだが、今回はユーモアを交えつつ移民問題にスポットを当てる。マルセルはもちろん、人情味あふれた個々の人物像がチャーミング。ラストにはびっくりの奇跡が訪れ、おとぎ話のようなエンディングに心が晴れ渡る。春が待ち遠しいこの時期にぴったりの作品。

1986年の東京。日雇い労働で日銭を稼ぎ、酒と風俗、古本に費やす19歳の北町貫多。中卒であることに引け目を感じ、妬み、ひがみ、恨みを背負って鬱屈した孤独な日々を送ってきた。職場で友達ができた彼は、憧れの女の子にアプローチしてみるが……。西村賢太の芥川賞受賞作を山下敦弘監督が映画化。西村が自身を投影した、どうしようもないけど愛すべきキャラの主人公を森山未來が猫背で演じ、新境地を見せてくれる。ユニークすぎる人物の壮絶な青春譚だが、この中卒の文学青年がやがて芥川賞作家になるのかと思うと感慨深い。山下監督のどこか屈折した青春映画のラインナップに連なる新たな傑作誕生。

月曜から日曜まで、各曜日を７人の監督たちが担当し、キューバの首都ハバナの１週間を綴ったオムニバス。魅惑的な街に生きる人々のリアルな生活が垣間見え、彼らの息づかいを感じる個性的な作品が連なる。ベニチオ・デル・トロの初監督作品、パレスチナ人監督のエリア・スレイマンが主演も果たした作品、独特な作風のギャスパー・ノエ作品など、見どころいっぱい。いちばん好きだったのは、ハバナ映画祭にやってきたエミール・クストリッツァ監督がチャーミングな、パブロ・トラペロ監督による火曜日『ジャムセッション』。各作品は独立しているものの、どこかで繋がっていると感じさせる仕掛けがニクい。