大河ドラマ『龍馬伝』で冴えた手腕を見せた大友啓史監督が和月伸宏原作のコミック世界観を楽しく豪快に描き出す。幕末に最強の暗殺者として恐れられた「人斬り抜刀斎」。新しい時代の到来を信じて闇の仕事に身を投じていたが、時代が変わり、すっかりその本性を消していた。だが巷には極悪な殺人を繰り返す"偽抜刀斎"が出現、剣心の心が揺らぐ…。ユーモラスな人格に秘める深い憂いと殺気を繊細なリズム感で演じ分ける佐藤健は適役、落ち着いた質感の映像と音楽、個性豊かに熟したキャストが脇で光る。ラストの刀衛（吉川晃司）との決闘は見応えたっぷり、ONE OK ROCKのテーマ曲とも相性バッチリ！

引退以来ひきこもり生活をしているロックスターのシャイアン（ショーン・ペン）に「父危篤」の知らせが…。30年間も会わなかった父の野望を叶えるべく故郷アメリカ横断の旅をするオフビートなロードムービー。キャリーバッグを引きずりズルズル歩くアンニュイなビジュアルがすっかりハマるペンの怪演ぶりに加え、タイトル曲のほか音楽すべてを担当したデイヴィッド・バーンの自身役出演に感激、さらにフランシス・マクドーマンド（コーエン兄弟の兄の妻）、イヴ・ヒューソン（U2ボノの娘）、ハリー・ディーンスタントンも出演するなど、ソレンティーノ監督の夢がすべて詰め込まれた会心作。五感で味わう粋な作りも文句なし！

19世紀初頭のドイツ。生きる意味を探求し、人間の魂の所在を突き止めようと試みるファウスト博士は、研究費を借りるため悪魔と噂される高利貸の家へ。金は貸さないが生きる意味を教えようと彼は言うが……。アレクサンドル・ソクーロフ監督が「ゲーテの原作より自由に翻案」して映画化した、『モレク神』『牡牛座　レーニンの肖像』『太陽』に続く「権力者４部作」最終章。2011年のヴェネツィア国際映画祭で、審査員の満場一致で金獅子賞受賞。原作の悪魔を高利貸に置き換えるなどアレンジを施し、柔らかな光をたたえたソクーロフ監督独特のテクスチャーの映像で綴る。至高の哲学と芸術を満喫して。

普天間基地の話題がメディアで連日取り上げられているが、米軍基地は約40ヶ国に700ヶ所以上あるという。イタリアの２人の若手監督がイタリアのビチェンツァ、インド洋に浮かぶ島ディエゴ・ガルシア、普天間などを訪ね、住民、基地の広報、ベトナムやイラクの退役軍人らに取材し、チャルマーズ・ジョンソン、ノーム・チョムスキー、ゴア・ヴィダルら有識者の声に耳を傾ける。米軍は巨大な産業であり、各地に置かれた基地によってアメリカ帝国が形成されているという事実。映像を見つめながら思わず険しい顔になってしまった。沖縄返還から今年で40年。私たちの問題として考えるために観ておきたい。

5月9日に84歳で逝去したヴィダル・サスーンの生涯と、彼が生きた時代を映したドキュメンタリー。ロンドン生まれのイスラエル人で、ユダヤ人の両親は貧しく、孤児院で育った彼は14歳で学校を中退後、理容室の見習いとしてキャリアを踏み出す。26歳でボンドストリートに自身の名を冠したサロンをオープン。盟友マリー・クヮントとともに牽引した、60年代のポップなファッションシーンが面白い。美容だけでなくカルチャーにも影響を与えて時代のカリスマとなるが、４回の結婚（と３回の離婚）、娘をオーバードーズで亡くすなど、華やかな栄光の陰に辛酸も。老いてなおチャーミングな彼の姿が印象的。

車がビュンビュン通り過ぎる国道沿いを突き進む２人の男。店に強盗に入り、１人が車を盗んで逃走。ひたすら走って海にやってくる。数日後、その浜辺にアイドルユニット・ももいろクローバーとPV撮影クルーが到着し、盗難車が発見されるが……。前作『イエローキッド』で鮮烈な印象を残した真利子哲也監督による、得体の知れないエネルギーが充満した作品。重苦しいシークエンスに突如ポップでにぎやかなPV撮影のシーンが組み込まれ、際立つコントラストに胸騒ぎを覚えるが、私たちの日常もこんなふうに明暗が隣り合わせにあると気付く。海と空のおどろおどろしい表情を捉えた映像も印象的。

ごく限られた研究者以外の立ち入りが禁止されている、フランス南部のショーヴェ洞窟。その内部にヴェルナー・ヘルツォーク監督とクルーがカメラを携えて入り、3万2000年前に描かれた人類最古の壁画を映し出す。凹凸のある壁面に立体的に浮かび上がる馬やバイソン、地面に散らばる動物たちの骨、カーテンのドレープのような鍾乳石……。古代の人々と動物たちの気配を感じる壮大なドキュメンタリーだが、その最後に、夢のような時間から現実に引き戻されるポストスクリプトがある。時空を超えたイマジネーションの世界に遊び、現代を見つめ直す。監督のメッセージ、しかと受け止めよう。

英国ベストセラー長編小説を『モーヴァン』のリン・ラムジー脚本・監督により映画化。作家の母親エヴァへの息子ケヴィンの異常な嫌悪と反抗、やがておぞましい事件が起きた過去をエヴァが回想するサスペンス。果たしてケヴィンの目的は何だったのか…？���妊娠中から違和感を感じとり、激しい拒絶を受けながら息子を育てるしかない母の葛藤を演じきるティルダ・スウィントンに釘付け。撮影はPVの名手シーマス・マッガーヴェイ、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドが音楽担当、隅々まで神経の行き届いた映像美は低予算とは思えないクオリティの高さ。それにしてもケヴィン役エズラ・ミラーの冷酷な美しさは一体…！

内戦後の1940年代、カタルーニャの小さな村。少年アンドレウの友人親子が死亡し、容疑がかかったアンドレウの父親が失踪したことで、彼の運命が変わり始める……。アグスティー・ビジャロンガ監督による、ゴヤ賞（スペイン版アカデミー賞）を総なめにしたミステリー。「戦争でなにより恐ろしいのは、人が理想を忘れて空っぽになること」と語った父の理想とは？　大人たちがひた隠しにする秘密とは？　親子を殺したのは誰なのか？　目を覆いたくなるようなシーンもあり、大人社会の欺瞞や汚れた欲望の描写に虫酸が走るが、これを経て少年も大人への階段を上り始める。ラストの彼の表情が忘れられない。

息子ルイ・ガレルが主演するフィリップ・ガレルの新作第２弾は、父のモーリスも共演し（遺作となった）、親子３代コラボになる貴重な作品。妻のカロリーヌも共同脚本に参加している。ジャン＝リュック・ゴダール『軽蔑』への返歌とも言われる激しく熱い愛と友情の物語は、ガレルの亡き友人画家がモデルになっている。奔放なセレブ画家のフレデリック（ルイ）と美しい妻アンジェル（モニカ・ベルッチ）を巡る愛憎劇。モニカの艶やかで冷たい色香はスクリーンから今にも零れ落ちそう。欲望と嫉妬のなかで生々しくぶつかる人間の性。狂おしいほど愛にもがくガレル美学に陶酔したい。

愛する母の死に絶望した完治は、母の服で女装して酒浸り。その妻でヘルパーの春子は、娘と同い年の健一の介護をしているうちにのめり込み、彼との結婚を宣言。そんな両親にキレた娘の雛子は……。京都造形芸術大学映画学科教授でもある高橋伴明監督による本作は、同校のプロジェクト「北白川派」第２弾。学生たちがプロのスタッフ＆キャストと共に製作、配給・宣伝まで手掛けるというもので、今回は約50人の学生が参加し、脚本、主演、助監督などを務めた。家族崩壊ものといえば『逆噴射家族』など多々あれど、過激さより人間の微笑ましさと可笑しさが際立つ。「北白川派」第３弾、第４弾にも注目！

国家反逆罪で捕えられた父を目の前で殺された少年ナミは、幼い妹ジャインと逃亡。「妹を守れ」という父の遺言を全うするために必死で生きてきた。時が流れ、ジャインの結婚式の日。村が清の軍隊に攻撃され、ジャインが拉致されてしまう……。50万人もの朝鮮人が捕虜として連れ去られたという、17世紀の「丙子の乱」を舞台にしたスペクタキュラスな歴史アクション。柔らかで知的な雰囲気のパク・ヘイルがワイルドな弓の使い手に扮して山野を駆け巡る。時代劇もアクションも初挑戦なのに、ほぼすべてのシーンで代役を使わずに自身で演じたとか。大鐘賞男優主演賞受賞も納得の熱演に拍手。

冬のモントリオール。小学校の教室で担任の教師が首つり自殺をしたことに11歳と12歳の子供たちは動揺する。学校は対応に追われ、新たな担任になったバシール・ラザールが子供たちの心の傷をどうにか癒したいと努力するが、彼もまた複雑な事情を抱えていた……。2011年のトロント国際映画祭で最優秀カナダ映画賞受賞、アカデミー賞外国語映画賞の候補にもなった作品。自分のせいで先生が自殺したと思い悩む少年の感情の迸りが心に響く。実は難民だったバシールによって、次第に癒されていく子供たちの心。その変化が、柔らかなピアノの調べにのせ繊細に綴られ、しみじみとした余韻が残る。

16世紀、フランドル地方。夜が明け、風車がギシギシと軋りながら動き出し、農村の１日が始まる。こっちでは子供たちがふざけてはしゃぎ、あっちでは異端者の残忍な処刑が行わ���……。ポーランドのレフ・マイェフスキ監督がブリューゲルの宗教画「十字架を担うキリスト」に関する評論『The Mill and the Cross』にインスパイアされ、描かれている人物たちに息を吹き込んで映画化。手仕事とテクノロジーを巧みに融合させ、美術家でもあり、音楽家でもあり、文筆家でもある監督が、自ら背景画を描き、作曲し、脚本を書き、何役もこなした。ブリューゲルへの愛がぎっしり詰まった作品だ。

両親を亡くし、叔母と従兄にいじめられ、寄宿学校では教師にも虐げられる孤児ジェーン。不幸てんこ盛りの少女時代を過ごすが、前向きな彼女は自由を希求しつつ成長。やがて家庭教師となって赴いた屋敷で運命が動き出す……。シャーロット・ブロンテの名作を、ミア・ワシコウスカとマイケル・ファスベンダー主演でキャリー・ジョージ・フクナガ監督が映画化。ミアのクラシカルな美しさが19世紀の空気にぴったりフィット。荒涼とした寒々しい大地、色が乏しく全体的に薄暗い室内、屋敷の秘密に迫るミステリー仕立てで進行する物語など、20年も前に読んだ小説の記憶がビビッドに蘇った。

子供の視線の先のアルゼンチン軍事独裁政権下の社会を描く。サンタフェに住む８歳のアンドレスは、母親の事故死の後、父（別居していた）と祖母の家で暮らし始める、しかし威圧的な父と仕切りやの祖母のもとで生活が一変、無邪気だったアンドレスも変っていく…。「子供にはわからないこと」と大人が隠すモノゴトを子供はじっと見ている。ブスタマンテ監督は自身の体験をもとに、複雑な心情や、繊細な感情の動きをコンラッド・バレンスエラの吸いこまれそうに深遠な瞳に託す。バンスエラは見事に期待に応え、なんとも末恐ろしい。ノルマ・アレアンドロの凛とした祖母役も美しい。

興行としての35mmフィルムの映画は死に体である。「ならば私が終わらそう」という覚悟で描くタル・ベーラ最後の映画！　それはニーチェが発狂する発端となったトリノでの出来事（御者に鞭打たれる馬を見て、その首に抱きつきながら泣き崩れ、卒倒）のその後である。しかし関心は「馬」のその後。オープニングの長く美しいワンショット、圧倒的な光と闇の世界を目にしたら最後、観客はもう逃げられない。狂風の中で父と娘と馬が静かな終末を生きる。食事はいつもジャガイモ。世界から水が、風が、火が消えても、「食わねばならん」と呟く父の言葉は重い……。

劇場の本編合間の上映でおなじみの内山勇二のゆるキャラショートムービーが長編映画に。紙兎の"ロペ"と紙リスの"アキラ先輩"のふたり（あえて）は、夏休み最終日という子供にとってはなんとも切ない日をどう過ごす？　宿題の「自由研究」も終ってないし、壊してしまったアキラの姉ちゃんのピアスをなんとかしないとヤバい。にもかかわらずマイペースなふたりは珍事件に巻き込まれてギャングに追われ…。葛飾区のひなびた下町の風景にペーパークラフトキャラクターが妙にマッチ、背景の看板や標語にも脱力のギャグが数々隠れているのでお見逃しなく。かなりまったりできる時間になりそう。

NYの高級アパートの一室。若い女は絵を描き、初老の男はヒゲを剃りながら電話をしている。年齢差のあるカップルの平和な午後のようだが、明朝4時44分に地球の終焉がやってくるのだった……。鬼才アベル・フェラーラによる終末もの。ちょっと前に観たラース・フォン・トリアー作品『メランコリア』を思い出したが、あちらは隕石でこちらはオゾン層破壊。自分たちがやらかしたことの落とし前という意味では、本作のほうが胸が詰まる。あと数時間だというのに、恋人たちは愛し合い、この期に及んでいがみ合ったりもする。じゃあ何をすべき？　いや、意外とそんなものなのかもしれないとふと思った。

上京したマイティはヒップホップクルー「極悪鳥」の見習いとして、メンバー入りのチャンスを狙っていた。ラップバトルで優勝すれば入れてやると約束されて張り切るが、事情があって���ざと負けることになり、仲間入りも実現せず。メンバーに怪我を負わせて栃木に逃走するが……。入江悠監督入魂のSRシリーズ最新作は、埼玉、群馬を巡った北関東３部作完結編。おなじみイックとトムのコンビではなく、SR1にも登場したブロッコリー農家のせがれが主人公。夢破れた彼の転落っぷりが痛々しくて切ないが、大爆笑のシーンも満載だ。イックとトムはこの後いずこへ？　寅さん並みのシリーズ化を希望！

妻に先立たれてから、まったく筆が進まない小説家の高田。ある日、行きつけのスナックに出かけた彼は、店で働き始めたばかりの美女・小夜と出会い、次第に惹かれていく。スナックのママが催してくれた60歳の誕生パーティーの日、高田は勇気をふりしぼってみたが……。今泉力哉監督による、狭い世界で「好き」という気持ちが縦横無尽に交錯して絡まりまくるラブコメディ。モト冬樹の朴訥とした人柄が高田のキャラクターににじみ出ていて笑いを誘う。勘違いとすれ違い、思うようにいかないからこそ人生は面白い。小夜役の小宮一葉がピアノを、モト冬樹がギターを弾くデュエットが心地よく耳に響く。

本当は作家志望のハリウッドの売れっ子脚本家ギル（オーウェン・ウィルソン）は恋人とパリを訪れるがなぜか居心地が悪い。ひとりパーティを抜け出した真夜中、ギルが遭遇したのは、なんとスコット＆ゼルダ・フィッツジェラルドにコール・ポーターにジャン・コクトーにダリ、さらに敬愛するヘミングウェイの登場に舞い上がる。そのうちピカソの愛人アドリアナ（マリオン・コティヤール）に一目惚れ…。ウディ・アレンが愛する極上のパリ時間、1920年代、1890年代へとご案内、豪華キャストで豪華アーティストが演じられ、魔法の時間は瞬く間に過ぎていく。ふと現実に戻ったギルが決心したこととは…？

街のイルミネーションに早くも年末ムードを感じて浮き足立ってしまうが、クリスマスだからといって誰もが楽しく祝えるわけでもない。『ホルテンさんのはじめての冒険』のベント・ハーメル監督が手掛けた新作は、ノルウェーの小さな町を舞台に、ワケありの聖夜を迎える人々を描いた群像劇。ムスリムの少女と過ごしたくて「うちもお祝いしない」と嘘をつく少年、行き場のない外国人カップルの赤ちゃんを取り上げる医師、別れた妻と暮らす子供たちにどうしても会いたいダメ男……。それぞれの夜が更け、やがて訪れる新しい朝。雪が降り積もる風景は寒々しいが、心はほっこり温まる。

家族と満ち足りた生活を送る玩具メーカーの二代目社長ウォルター。突然うつ病にかかり、いろいろ試してみるが効果がない。ガラクタの中に見つけたビーバーのぬいぐるみが、束の間の癒しを与えたが……。ジョディ・フォスターの監督第３作は、自ら主人公の妻役を演じ、誰しも他人事でいられないうつ病を題材に家族を描いたドラマ。ベッドでも会社でもウォルターの左腕にはまったビーバーは、彼を救い、支配していく。主演のメル・ギブソンがビーバーの声音で語る様は可笑しくもあり、痛々しくもある。『ウィンターズ・ボーン』とは異なる魅力を見せてくれる、長男の同級生役ジェニファー・ローレンスにも注目。

『マッドマックス２』をこよなく愛し、悪の首領ヒューマンガスをリスペクトするウッドローと親友エイデン。文明崩壊後の世界征服を夢見る２人は、仕事もせずに火炎放射器を作る実験を繰り返していたが……。エヴァン・グローデル監督が人生すべてを注ぎ込み、脚本、製作、編集、主演もこなした入魂の１本は、アクション映画かと思いきや、イタくて切ない恋愛映画だった。自身の失恋体験がベースだそうで、なんと監督の元カノ本人が相手役を演じている。特異なテクスチャーの映像は、監督が改造したカメラによるもの。リアルとファンタジーが交錯し、狂気の妄想が暴走する様を生き生きと映し出す。

天才形成外科医ロベルは人工皮膚を開発し、亡き愛妻そっくりに美女ベラを創造。彼の欲望は満たされたかに思えたが……。スペ���ンの巨匠ペドロ・アルモドバルが22年ぶりにアントニオ・バンデラスを主演に据えた新作。ベラはいったい誰なのか？　ロベルとどういう関係なのか？　ミステリーを孕みながら物語は過去と現在を往来して進み、やがてそれが明らかに。かつて愛した亡き人をマッドサイエンティストが人工的に復元する物語はありきたりだけど、そこはアルモドバル。その素材で作った人を愛せるの?!　という、ヘテロには理解しづらい、セクシュアリティにもからむ奇抜な発想が彼らしい。

1917年、中国雲南省。緑豊かなのどかな村で、美しい妻とかわいい子供たちと暮らす、よき夫でよき父親のジンシー。ある日、村の両替商に押し入った強盗たちが謎の死を遂げ、やってきた捜査官のシュウは、現場に居合わせたジンシーへの尋問を開始する……。香港の名匠ピーター・チャンが、金城武とドニー・イェンを主演に作り上げたミステリー・アクション。丸眼鏡と帽子という、金田一耕助ばりのおとぼけな出で立ちで金城が天才捜査官を好演。温厚な人物だけど実は……というワケありのジンシーを演じるドニー・イェンの息もつかせぬアクションも見応えたっぷり。カンフーファンならずとも引き込まれる。

飛鳥地方の小さな集落。紅花から採る鮮烈な赤い色・朱花（はねづ）に魅せられた染色家の加夜子は、恋人の哲也と暮らしている。しかし、この地に移り住んだ木工作家で同級生の拓未と愛し合うようになり……。今年のカンヌを沸かせた河瀬直美監督の新作は、古の空気が満ち満ちる万葉の里が舞台。戦後の悲恋をオーバーラッブさせつつ現代の男女の愛を綴り、リリカルな雰囲気にファンタジー風味が効いている。ぽっかり浮かんだ月、段々畑、うす紫の夕映え、鳥や小さな虫など、豊かな自然に包まれた古代から連綿と続く人間の静かな営み。監督自身が捉えた瑞々しい映像が美しく、チェロの深い音色がずっしり響く。

幸せな日々を過ごす主婦ナミは、母が入院する病院で、高校時代の親友チュナと再会。余命いくばくもないチュナのために、ナミは仲良しグループ「サニー」のメンバーを捜し始めるが……。2011年の現在と1986年の高校時代が並行して描かれ、あんな少女がこんな女性に？　という対比が面白い。決してみんなが幸せな時間を過ごしてきたわけじゃない、それでも人生ってすばらしいと思えるポジティブな人生讃歌に、思わず自分の半生を振り返りたくなる。アラフォー女子なら感情移入すること間違いなしの、70～80年代のヒットチューンが琴線に触れ、チュナらしい最期のシーンでは涙腺がゆるむ。

オアフ島で暮らす弁護士のマット。妻が事故で昏睡状態に陥り、高校生と小学生の娘たちの良き父になろうと決意するが、仕事ひとすじだったので、接し方がわからない。そんな中、長女が「ママは浮気してた」と言い出して……。アレクサンダー・ペイン監督の新作は、ハワイのダイナミックなランドスケープを舞台に、家族とは何か、人生とは何かと問いかけるホームドラマ。重厚なテーマがユーモアを交えて軽やかに描かれ、ラストには爽やかな風が吹き渡る。「日曜日のお父さん」風の衣装をまとうジョージ・クルーニーの、普通の父親役が新鮮で、愛らしい姉妹のナチュラルな演技に釘付け。

1957年に始まった「反右派闘争」。右派とされた人々は、風がゴーゴーと吹き付けるゴビ砂漠の収容所で強制労働させられる。住居は質素で不衛生、食事は薄い粥のみ。飢えと過労でバタバタと倒れ、遺体が運ばれていく……。『鉄西区』など、長尺のドキュメンタリーで知られるワン・ビン監督による初の長編劇映画。党批判を歓迎すると言った毛沢東が、一転して批判者を粛清した反右派闘争を扱う本にショックを受け、生存者へのインタビューを重ねて脚本を作り上げた。国内では上映禁止だが、拘泥せず撮りたいものを撮るだけと語る監督の、中国を見つめる透徹した眼差し。彼の真摯な闘争を応援したい。

内モンゴル自治区ジャライノール炭鉱。雪に覆われた早春の大地をSLが走る。機関士ジューと後輩のリーは気の置けない仕事仲間だが、老いたジューが退職し、30年働いたこの地を去ることに。ジューを慕うリーは、彼を追って旅に出る……。親子ほど年齢が離れた男たちの魂の交流が、雄大なランドスケープを舞台に描かれる。雪と蒸気の白さ、夜明け前の濃紺の空など、光と闇を捉えた映像が美しく、春の柔らかな光がキラキラと満ちあふれるカットに目を見張る。監督は1979年生まれの中国の新鋭チャオ・イエ。絵を学んだこともあるそうで、画の作り方は勉強の賜物か。

原発の燃料となる、ウラン鉱石から作られる粉末「イエロー・ケーキ」。現場で働く鉱員たちは放射能を帯びた鉱石が有害だと知らされず、すべては隠蔽されていた……。ドイツのヨアヒム・チルナー監督が2005年から５年間かけてウラン採掘現場を追ったドキュメンタリー。「安全でクリーンなエネルギーをなぜ悪く言う？」と鉱員。「雇用を生み、国を豊かにした。ナミビアの人々は感謝するはず」と採掘会社。「なぜ掘り返す？　クリーンな環境できれいな水を飲みたい」というオーストラリア先住民の率直な訴えも印象的だ。私たちも決して無関心ではいられない、川上の現実をしっかり見ておこう。

3.11から数ヶ月後の夏。被災地の気仙沼市唐桑町にある家に、長女がNYから帰郷する。東京で主婦をしている次女、１人で家を守ってきた三女もやってきて、姉妹が15年ぶりに再会するが……。気仙沼市に家を持つ小林政広監督が、同市でロケを行った新作。去年の東京国際映画祭で観て、当時まだ3.11をこれほどドラマに盛り込んだ映画はなかったので胸がざわついた。渡辺真起子、中村優子、藤真美穂が、それぞれギリギリ崖っぷちの姉妹に扮して骨肉愛憎劇を展開。死んでしまいたいくらい絶望しても、「生きる！」と叫ぶ彼女たちは、たくましく、頼もしく、清々しい。どんな絶望からも人は立ち上がれる。

1927年のハリウッド。サイレント映画のスター俳優ジョージは、エキストラの新人女優ペピーと出会う。その後、彼女はスターダムを駆け上がるが、トーキーの隆盛と共にジョージは心を閉ざし、映画界から姿を消す……。今年のアカデミー賞でフランス映画として初の作品賞ほか５部門を制覇した、モノクロ＆サイレントのラブストーリー。物語から85年が経過したいま、デジタル化で変革のときを迎えている映画、その原点に立ち戻ったスタイルが新鮮で、ミシェル・アザナヴィシウス監督の映画へのあふれる愛情と過去の名匠たちへのリスペクトが伝わる。映画っていいなと素直に思える希有な作品。

濃密な光と影に彩られたステージで、カンテ（歌）、バイレ（踊り）、トケ（ギター）が主体となり、ときに軽快に、ときに情熱的な激しさを伴って観る者を魅了するパフォーマンス。今年80歳のカルロス・サウラ監督による、1995年の『フラメンコ』続編ともいえる本作は、気鋭の若手からマエストロまで、フラメンコの新旧のスターが一挙出演するドキュメンタリー。パコ・デ・ルシアやマノロ・サンルーカルの姿も。「生命の旅と光」をテーマとする全21幕のめくるめくステージはバリエーションに富み、名匠ヴィットリオ・ストラーロの流麗なカメラワークでフラメンコの魅力を余すところなく捉える。

児童養護施設出身で、家族も友人もなく孤独に苛まれるサンマンは、何度も自殺を図るが失敗してばかり。運び込まれた病院で４人のゴーストに取り憑かれ、彼らがそれぞれこの世でやり残したことを叶えてあげようと奮闘するが……。チラシやタイトルからは想像できない、ほろっとさせる上質なコメディ。『猟奇的な彼女』のチャ・テヒョンが５つのキャラクターを演じ分け、大いに笑わせ、大いに泣かせてくれる。４人がなぜ彼に取り憑いたのか、ばらばらだったエピソードがすべて繋がり、サンマンが幼少時の失われた記憶を取り戻していくシークエンスがドラマチック。韓国のコメディはこれだから侮れない。

郊外の女子中学校。教師サワコの妊娠に嫌悪感を覚えた生徒５人が、秘密裏に誓いの儀式を執り行い、「先生を流産させる会」が発足した。理科室で盗んだ薬品をサワコの給食に混ぜ、イスのネジをゆるめるなど、少女たちの悪質ないたずらがエスカレート。そしてついに……。ギョッとする物語だが、2009年に愛知県で実際に起こった事件がベース。女子に置き換えて内藤瑛亮監督が映画化した。リーダー格の女子ミヅキの顔がワイルドで迫力があり、サワコとの対決シーン、「なんか気持ち悪い」「なんで？」「知らん！」という応酬が興味深い。打楽器とギターによる楽曲がずんずん重苦しく心に響く。

1915年、ノルウェー。オスロの南方に浮かぶバストイ島に少年エーリングが送還される。島には非行少年を収容する矯正施設があり、キリスト教の厳しい戒律の中、過酷な重労働や教師による性的虐待がまかり通っていた。社会から隔絶された孤島で、高圧的な権力への１人の少年の抵抗が大きなうねりとなり、やがて反乱を巻き起こす。実在した施設での実話がベースで、これを知らしめたいとマリウス・ホルスト監督が映画化した。オーディションでホンモノの非行少年たちを集めたというだけあって、演技を超えた彼らのリアルな存在感が光る。北欧の凍てつく空気を感じる映像と音楽も秀逸。

育児放棄で施設に預けられた少年シリルはもうすぐ12歳。迎えにこない父親の行方を探している。その父によって売り飛ばされた大事な自転車を買い戻してあげた美容師の女性サマンサ。シリルに何かを感じて週末里親となり、父親探しを手伝うのだが…。以前、ダルデンヌ兄弟が来日したときに聞いた日本の実話にインスパイアされて作られたという。オーディションで選ばれた少年、トマ・ドレが切なく、素晴らしい。有名女優の起用は珍しいが、サマンサ役のセシル・ドゥ・フランスの明るさがこの映画を温かく包み、シリルの光となる。そういえば音楽が入るのも新鮮な驚きだ。

いろいろうまくいかない弁護士のマイク（ポール・ジアマッティ）が、ある老人の後見人を引き受けたことで出会う謎のレスリング天才少年カイル（アレックス・シェイファー）。マイクがコーチをするレスリングクラブにカイルが入部し、ダメダメだったクラブはめきめき強くなり、お互い勝ち組に入ったかと思われたが…。共にイェール大学出身のマッカーシー監督と演技派ジアマッティがおくるインテリジェントヒューマンコメディ。粋なセリフの応酬で笑わせながら、人生にとって何が大切かをそっと教える。カイル役にスカウトされた州のレスリングチャンピオン、シェイファーに注目！

1752年、リバプールから出航した船がアメリカ大陸に到着。コリンズ家の新生活が始まるが、両親は不慮の事故死を遂げ、成長した息子バーナバスは使用人アンジェリークを振ったことで呪いをかけられる。二世紀を経て目覚めた彼は、ヴァンパイアとして子孫の前に現れるが……。ティム・バートン監督とジョニー・デップによる最新作は、60～70年代にかけて放送された人気ドラマのリメイクで、時代錯誤なずっこけ吸血鬼の愛すべきファンタジー。個々のキャラが際立ち、随所に笑いが散りばめられている。鮮やかに再現された70年代のファッション、音楽も楽しく、アリス・クーパーも本人役で登場！

日中は会社で仕事をこなし、それ以外の時間はひたすら性的な妄想と行為にふけるブランドン。１人暮らしの彼のマンションに妹シシーが転がり込み、生活が少しずつ変わり始めるが……。美術家としても知られるスティーヴ・マックイーン監督作品。NYのきんと冷えきった街で、兄はセックスで、妹は自傷でどうしようもない孤独を癒す。何か事情がありそうだが、最後まで謎は明かされない。観客は２人の私生活を見て、胸を締め付けられるだけ。もしかしたらヒントなのかもしれない、シシー役キャリー・マリガンが柔らかくあどけない声で歌う「New York, New York」の歌詞が沁みる。