1990年、片足を引きずってエチオピアに帰郷したアンベルブルが過去を回想する。医学を志し、希望に満ちていた70年代のドイツ留学時代。故国の政変をTVで見て革命を叫ぶ仲間たち。80年代に帰国後、親友が殺害されて……。アフリカの土着的な熱気とヨーロッパの乾いた冷気を交互に編み、１人の男の半生を辿りつつエチオピア現代史を描く。政情不安による貧困。外国での理由なき差別。ここから抜け出すために、次代を担う子供たちの教育が必要だ。そこに希望の光が灯るとき、やっと訪れる安らぎ。音楽にダンスなど、濃密なカルチャー描写も面白く、民族固有の問題を扱いながらも普遍的。

第12回東京フィルメックスのオープニングを飾ったキム・ギドク監督作品。数年にわたり隠遁していた彼が、山ごもり生活を撮ったセルフドキュメンタリーでもあり、もう１人のギドクと、またギドクの影と対話する、自問自答を映したドラマでもある。過去の作品に出演している自分の姿をDVDで観てウッウッと嗚咽。こんなはずじゃないという恨（ハン）を込めてアリランを歌い、お前は���をやってるんだと自分を叱咤激励。葛藤と苦悩がストレートに見て取れるが、カメラの位置やカットに工夫があり、巧妙に演出されていることもわかる。この通過儀礼を経た彼は、新作『ピエタ』で韓国発の金獅子賞を受賞。

幼い頃、母に捨てられたのではないかという疑念を抱く作家の伊上（役所広司）は、年老いて記憶を失くしていく母を前に複雑な想いを募らせる。ついに母が口にした真実とは…。井上靖の自伝的小説が原作。（意外にも）ホームドラマに思い入れの深い原田眞人監督、なんとも美しく凛とした、品格ある家族の物語を描き上げた。井上の世田谷の自宅やゆかりある伊豆・湯ヶ島、軽井沢と、贅沢に撮影された風景やディティールに文豪の息吹が宿り、演じる役所もまさに適役。さらに祖母役の樹木希林の演技者としての"魔力"に舌を巻く。日本の優雅で豊かな時間に浸ってみよう。

言わずと知れた川島雄三監督の傑作時代劇『幕末太陽伝』の修復版プレミアム・エディション。デジタル修復により、鮮やかに蘇った名作は、昨年劇場公開もされ、大きな話題を呼んだ。閉塞感漂う現代に"喝"を入れる、日本映画界至宝のエンターテインメントが、Blu-rayで発売中。なんと、柳家権太楼による落語『居残り佐平次』などのDVD付録付き。

民間兵として働くファーガスは、一緒にイラクで大金を稼ごうと誘った親友を戦地で失う。最も危険な「ルート・アイリッシュ」で車が炎上したという説明に納得できず、自ら事件の真相究明に動き出すが……。軍事ビジネスの闇を描き、戦争の狂気と人間の欲望に迫る、ケン・ローチ監督らしい硬派な社会派ドラマ。民間人が犠牲となる戦地の壮絶なフッテージが物語にリアリティを与え、「実話ベース」と唱われているわけではないが、現地ではこんなことが実際にあったのかもと想像できる。あまりに哀しく、希望がない。しかし、この虚しさこそが戦争の現実。監督の怒りとやるせなさがひしひしと伝わる。

1962年の自著『沈黙の春』の中で、世界で初めて化学物質の危険性を告発した環境運動のパイオニア、レイチェル・カーソン。まるで彼女自身のインタビューを編集したドキュメンタリーのような作りだが、実際はドラマ。カーソンのメッセージに共鳴した女優カイウラニ・リーが、彼女の晩年の１年を綴った戯曲『センス・オブ・ワンダー』を書き、18年間にわたり１人芝居として演じてきた。05年の愛知万博でも上演されたその芝居を映画化したもの。演技を超越したリーの姿は、まるでカーソンが憑依したかのよう。もう一度彼女の著作を読んでみたくなった。

幼い息子と２人暮らしのシングルマザー琴子。息子を守りたいあまり強迫観念に苛まれ、幻視に悩まされている。次第に現実と虚構の世界の境界があいまいになり、挙動不審な彼女は虐待が疑われて息子と引き離される……。塚本晋也監督×Coccoのタッグによる、力強く美しいドラマ。劇映画初主演のCoccoが琴子に扮し、役が憑依したかのような壮絶な演技を見せる。シリアスなのに笑えるシーンもあり、琴子を愛する男として登場する監督自身のずっこけぶりが可笑しい。ホーイチョーガーと八重山民謡を歌う、琴子の柔らかな声が耳に残る。ヴェネツィア映画祭オリゾンティ部門で最優秀作品賞受賞。

ラジオの人気深夜番組で、５年間にわたりパーソナリティーを務めてきたソニョン。最後の生放送中にリスナーから、指示通りに曲をかけなければ家族を殺すという脅迫電話が入って……。冒頭からしっとりした低い美声で魅了する主人公に扮するスエが、女手ひとつで育てている失語症の娘を人質に取られた母親の、苦悩に満ちた闘いを壮絶に演じる。脅迫する男ドンスに扮するユ・ジテは、『オールド・ボーイ』で悪役もイケることは証明済みだが、またも狂気を見せつける。『タクシードライバー』へのキム・サンマン監督のオマージュでもあり、映画ファンなら２倍、映画音楽を愛する人は３倍楽しめるはず。

86歳の老女が過去の日々を回想する。両親のこと、夫デニスのこと、子どもたちのこと、共に闘った政治家たちのこと。すでに他界したデニスの幻影に、認知症の彼女は語りかけ、会話をする……。1979年から90年まで、11年にわたり英国首相を務めた「アイアンレディ」ことマーガレット・サッチャー。国民に大いに愛され、一方では嫌われた彼女の、人間としての側面が浮かび上がる秀逸なドラマ。老けメイクにも目を見張るが、「ティーカップを洗うだけの人生なんて」と語った彼女にプロポーズしたデニス亡きいま、１人でカップを洗うマーガレット。その丸い背中に漂う人生の重みにぐっとくる。

突然の父の訃報に台湾の田舎の実家に駆けつけた台北で働く娘のアメイ。兄のダージ、従兄弟のシャオチュアンと共に伝統的な道教式のお葬式で父をおくる…。タイトルから想像したしんみりと落ち着いた内容はあっさりと裏切られ、カラフルな色彩とポップな音楽、台湾独特のお葬式のディティールやその裏側のドタバタ感に笑ってしまう軽やかさ！ そんななか父とのかけがえないない時間を思い出すアメイ。切なく演じたワン・リーウェンはこれまで映画の裏方だったという異色の初出演で初主演。『悲情城市』や『枯嶺街少年殺人事件』のドゥージーが音楽を手がけているところもポイント。

2009年に68歳で急逝した、舞踊家で振付家のピナ・バウシュ。生前に親交が深かったヴィム・ヴェンダース監督が、ピナ率いるヴッパタール舞踊団と共にドキュメンタリーを作り上げた。新たに撮影された４作品『カフェ・ミュラー』『春の祭典』『フルムーン』『コンタクトホーフ』を主軸に、チャーミングなダンサーたちがユニークな場所で披露するソロやデュエットのダンス、彼らが語るピナへの想いで構成。臨場感と躍動感のある映像に心奪われ、個々の言葉から読み取れるピナとダンサーたちの愛にあふれた関係に心震える。未公開シーンや監督インタビューなど、特典映像も盛りだくさん。

2004年に52歳で他界した中島らもを、ドキュメンタリーとドラマの双方向からフィーチャー。古田新太、 宇梶剛士、大槻ケンヂ、原田伸郎、チチ松村ら、生前の彼をよく知る人物たち、妻、娘が笑いながら思い出を語る。ドラマパートでは、中島の短編小説『クロウリング・キング・スネイク』『微笑と唇のように結ばれて』『仔羊ドリー』を映画化。企画製作は東京芸術大学の学生が、ドキュメンタリーパートの監督は『SF サムライフィクション』の中野裕之が担当し、破天荒な生き様を貫き通した異才の人物像を浮き彫りにしていく。この愛すべきアーティストを知らない人にも観てほしい。

40代の「僕」が、学生最後の夏を過ごした場所を20年ぶりに再訪。記憶が波のように押し寄せ、懐かしい人々、忘れ難い事件が蘇る……。５年がかりという、伊勢谷友介の飽くなき執念と情熱が詰まった『カクト』以来８年ぶりの監督第２作。絶望と再生に伴う痛みや犠牲を見せながら、容易ではない癒しについて、人間の生き方について問う。撮影監督デビューと思えない力量を見せた板倉陽子の鮮やかなカメラワーク、ピアノソロ「Sacrifice」を始めとする渋谷慶一郎の繊細なサウンドトラック、個性派ぞろいのキャストなど見どころ満載で、伊勢谷が俳優以前に作り手であることがよくわかる力作。

自主映画製作者、脚本家、監督ロジャー・コーマン。製作数は550以上、監督した作品は50を超える。コメディさながらの過酷な撮影現場で育った才能は数知れない。本作と似た企画を立てていた著名監督との共同作という当初の案から、撮影を任され、これが長編デビューとなったアレックス・ステイプルトンも、コーマンからチャンスを与えられた一人だ。過去60年間に彼と関わった映画人のインタビューと代表作のフッテージを交えながら、コーマン自らも優しい教授のような口調で、面白すぎるアイデアと異端であり続けた軌跡を語っていく。70年代に設立した制作配給会社が質の高い外国作品を国内に提供したこと、「映画学校出身の監督」が、コーマンの製作費10万ドルの作品に���気づいた」後、映画がどう変わったかという話はアメリカの現代文化史そのものだ。 「アカデミーが感謝している。ハリウッドが感謝している。何よりも、いかした映画をドライブインシアターで上映してくれた世界の映画ファンが感謝している。どうかこの賞を受けて」というタランティーノ（2009年アカデミー名誉賞プレゼンターとして）の言葉と、唯一の赤字作が批評家から絶賛された『THE INTRUDER』（未）だった事実は、コーマンの創造する世界を真逆の方向から捉えている。自分にハマる、既知の話の少し先にある新しいものを、すごいと書くのは難しくない。でもそれはコーマンにとって、信じがたい速さで成し遂げた過去の数々の試みの、ほんの一部にすぎないということを。

３人の気鋭監督たちがロストバージンをテーマに、まったく違う手法、違う感性、違う視界で女性を描き、腕を競うオムニバス。今泉力哉は10代の、つま先立ちでオトナの世界に手を伸ばす（これは）男女の、瑞々しい気持ちを室内外の光と影を巧みに使って描く。福島拓哉は20代の、芸人世界の裏側の、どっぶり"日本"を描きながらどこか東南アジアの香りを感じさせる感覚がおもしろい。30代の女性を描く吉田光希の『ふかくこの性を愛すべし』は飛び抜けている。人間の性の奥底まで静かに触覚を伸ばし、しかもなにげないシーンに気持ちを潜ませる手法は恐るべし。小品ながらも見逃すとひどく後悔しそうだ。

建築家の夫アダムとロンドンで暮らすメアリーは、60歳を前に「記憶の空白」が気になるこのごろ。結婚して30年、３人の子供たちも成長した。そろそろ年齢を意識した生活にシフトしたいメアリーと、いつまでも若くありたいアダムの間に溝が生まれて……。名匠コスタ＝ガヴラスの娘、ジュリー・ガヴラス監督の『ぜんぶ、フィデルのせい』に続く長編第２作。「老い」という、誰にでも忍び寄るシリアスで陰気になりがちなテーマを、ユーモアを取り入れながら、軽快な音楽にのせて洒脱に描く。主演の２人、イザベラ・ロッセリーニとウィリアム・ハートの堂々たる老けっぷりがチャーミングに映る。

「僕はゲイなんだ」。75歳の父、ハル（クリストファー・プラマー）の告白を受け止める息子。じゃあ父にとって、母や僕の存在は何だったの…？　複雑だけど、何より「自分らしく生きる」と決めた父の勇気をあたたかく見守る38歳、独身のオリヴァー（ユアン・マクレガー）。自身のプライベートストーリーを、マイク・ミルズ独特のアートとウィットに包み込み、さらに話ができる犬（コスモ）も大活躍、粋に優しく描いている。父のように自分も心を開いてみよう、と内向的なオリヴァーも１歩踏み出すが…。アナ（メラニー・ロラン）との絡みもたまらなく愛らしく、永久保存版になること間違いなし。

ダイナミックな自然が広がるオーストラリア・タスマニア島。軍事バイオテクノロジー企業の依頼で、70年も前に絶滅したとされるタスマニアタイガーの生き残り捕獲というミッションを背負った男が降り立つ。行方不明になった動物学者の家で、その妻子と暮らすことになるが……。「絶滅種がもし生きていたら」という発想にときめき、それを軍需産業に利用しようとする側と阻止する側の対立構造が見えるサスペンスに心が躍る。シャープなルックスのウィレム・デフォーが傭兵上がりの孤独なハンター役にぴったり。ラスト数分のシークエンスに思わず息を呑み、タイガーを絶滅させた人間の業の深さに思い至る。

超天然パーマのせいで不遇の少年時代を過ごした田中は、ノリで高校中退、彼女なし。でも大切な仲間たちと悪ふざけした時間は特別だった。独り上京してバイトに明け暮れるなか、気になるのは「誰かの結婚式には、彼女を連れて行く」という地元の仲間との約束。悶々としていると、とびきりかわいい女の子が隣へ越してきたー！　なのにアフロ頭の中はかなり複雑…。のりつけ雅春の人気漫画を痛快ラブコメディーに仕立て上げた松井大吾監督と脚本の西田征史。オフビートなノリで不思議キャラの田中になりきる松田翔太の表情に思わず吹き出す。さてどんでん返しの末の結末やいかに…？

「東京は坂と丘と谷の街である」という冒頭の一文から、ぐいぐいと引き込まれてしまう。都市を水平に見ることはあっても、垂直、つまり高低差を感じながら歩くことはあまりないのではないだろうか。永井荷風の名著『日和下駄』を参照しつつ、東京の歴史を足の裏から読み解いてゆく。荷風についての「プチ発見」もある。赤坂・薬研坂の谷底に立って「漢方の薬材になってゴリゴリと刻まれていくような気持ちがする」など、卓抜な描写多数。「意識的にまなざしを注がなくては、東京の原風景は容易に立ち上ってはくれない」。ごもっともです。

「問題点は？　解決法は？」なんて上段に構えることなく、自身のアンテナを頼りにじっとカメラを向ける、"観察映画"と銘打つ想田監督独自の撮影法。岡山で義父の寿夫が餌付けする野良猫に惹き付けられて撮るうち、カメラは次第に寿夫の福祉移送の仕事へと移動、さらに義母、廣子の仕事場である介護の現場へも。そこで偶然出会った91歳の老人の話を聴くうち、そもそも本作を撮るきっかけとなった韓国の映画祭のテーマ、「平和と共存」へと迫っていく…。あくまでも猫がはじまりだったが、「何かに撮らされたように」出来上がったというドキュメンタリー、視点は多様で実に鋭い！

1929年、パリ。ソルボンヌの学生だったボーヴォワールは、サルトルと出会う。やがて２人は恋に落ちるが、お互いに束縛せず、すべてを報告し合う自由恋愛を彼は提案。彼女もそれを受け入れるが……。21世紀ならまだしも、70～80年前のあまりにも自由な愛の様相にびっくり。偉大な哲学者カップルの人間くささを掘り下げたイラン・デュラン・コーエン監督の演出が冴え、主演のアナ・ムグラリスとロラン・ドイチェがチャーミングに映る。『第二の性』を学生時代に読んだきり、実存主義にも哲学にもさして関心がない私だけど、２人の人間的な魅力にふれ、改めて著作を読んでみたくなった。

瀬戸内海の祝島。ひじきを収穫し、無農薬のビワを育て、自然環境と共存してきた約500人の島民たちの生活が脅かされている。3.5km離れた場所に原発建設計画が持ち上がり、もう30年近く闘い続けているのだ。原発に頼らず、持続可能な社会をつくるには？　『ヒバクシャ―世界の終わりに』『六ヶ所村ラプソディー』の鎌仲ひとみ監督による３部作完結編。自然エネルギーで電力の半分をまかない、サステイナブルな試みを実践するスウェーデンの街を訪ねるが、「なんで日本はまだやってないの？　今すぐやれ！」という現地の人の声がずっしりと耳に残る。

ケニア独立戦争では戦士として闘っていた84歳のマルゲ。長い戦争が終結し、政府による無償教育制度が始まったことを知り、小学校への入学を希望したが拒否されてしまう。ひたすら「勉強したい、文字が読みたい」という熱意に負けて入学が許可され、"世界最年長の小学生"としてギネス認定もされたマルゲの物語。ニュース記事でマルゲのことを知り心を動かされた脚本家アン・ピーコックとプロデューサーは、入念なリサーチを重ね、偏りのない視点で描くことを目指して映画化。俳優陣の卓越した演技、アフリカの大地のエネルギー、そしてマルゲが、未来への力強いメッセージを送る。

2005年の横浜トリエンナーレにも参加した、トランスセクシュアルの美術家ピュ～ぴる。「彼」が少しずつ「彼女」に変容し、内面も、またアーティストとしても磨かれていく過程を、友人の松永大司監督が８年にわたり追いかけたドキュメンタリー。片思いの苦しい胸の内に耳を傾け、美術作品の制作現場に立ち会い、手術後ともに泣きながら震える手でカメラを回した監督も、困惑しつつも真摯に事態を受け止める兄と両親も、ピュ～ぴる本人もひどく愛おしい。ひりつく痛みを感じると同時に、キュートなアーティストが世界に向けて放つ愛のオーラで満たされる。

路子（南果歩）は、夫と息子を���り出し帰りを待つ、平凡なルーティンを卒なくこなす専業主婦。しかしいつしか家族を繋ぎ止める糸が切れ切れに、路子の心は何やら不穏な音をたてて崩れだす…。親子関係を描く『症例X』でPFFアワード2008審査員特別賞受賞した吉田光希監督のスカラシップ作品。主婦路子の底知れぬ孤独感にシンクロし、「撮影が止まるほど泣いてしまった」と告白する吉田は家族シリーズ第２弾として、家族の関係性を繊細に鋭敏に、しかし冷静な視線で見つめている。静寂のなかに緊張感が充満し、観客も監督と同様にすっかり孤独シンクロしていくに違いない。

とある場末の繁華街。うらぶれたサロンを営む旧友の成吉を頼って、ワケありで上京した勝利が身を寄せる。店の金をくすねて逃げたボーイに怒った成吉は、ボーイの恋人エリ子を店で働かせるが……。第12回東京フィルメックスで学生審査員賞を受賞した、1986年生まれの奥田庸介監督による商業映画デビュー作。若さにまかせて疾走、有り余るエネルギーが迸る。キャスティングが魅力的で、CMで「いい人」を演じる大森南朋のキレっぷりに震え上がり、光石研のおとぼけに笑う。その緩急のリズムが心地よい。20代半ばの奥田監督は今後大いに活躍すること間違いなし。デビューをしっかり見届けて。

1808年のブルゴーニュ。若い農夫ソブランは、夜のぶどう畑で天使に出会う。土地を開墾し、天使にもらった苗木を植え、ワインのために軍隊の遠征に参加するが……。ファンタジーとリアルが交錯する原作はE・ノックスのベストセラー小説で、監督は『クジラの島の少女』のニキ・カーロ。ニュージーランド女性たちのタッグゆえ、セリフはすべて英語。虫たちを捉えるミクロな世界、雪や風などワインを育むダイナミックな自然の営みを活写したカメラワークにほれぼれ。官能的で知的なストーリーライン、冴え渡る演出、シュアなキャスティングにもうっとり。

競馬場の馬券売り場にやってきたヒスは、１年前に別れた元カレのビョンウンを捕まえ、貸しっぱなしの金を返してほしいと詰め寄る。相変わらずの甲斐性なしで知人たちからかき集めると言うビョンウンをヒスは自分の車に乗せ、金策のドライブに出発するが……。イ・ユンギ監督が『アドリブ・ナイト』に続き平安寿子の小説を映画化。一貫して険しい顔つきの韓国映画界が誇る演技派チョン・ドヨンに対し、どうしようもないけど憎めない男を演じるハ・ジョンウがチャーミング。ジャジーでメロウな音楽を背景に、かつて愛し合った男女の心のゆらぎを繊細に紡ぎ出す。

失恋したヒョクチンを慰める宴会。よし、明日から旅行だと友人３人が酔った勢いで盛り上がる。翌日、待ち合わせ場所に彼らは現れず、仕方なく１人で出発したヒョクチンだったが……。超低予算映画ながら、センスのいい笑いが随所に散りばめられた極上のコメディ。とにかく呑み続けるので、観てるだけで酔っぱらってしまいそうだし、酒呑みなら誰しも経験したことがあるはずの、どうしようもない自分のバカっぷりを見るよう。デビュー作にして監督・脚本・撮影・音楽・美術・編集の６役をこなしたノ・ヨンソク、恐るべし。愛すべき酔っぱらいのみなさん、ぜひご覧あれ。

「映画は売春ではない。映画は芸術です！」街角で過激にアジる映画監督の秀二（西島秀俊）。死んだ兄が製作資金として工面したヤクザからの借金返済のため「殴られ屋」を買って出る、しかも兄が死んだその場所で…。イランの名監督アミール・ナデリが東京フィルメックスで出会った西島と「一緒に映画を作ろう」と結んだ約束は、６年後に見事に果たされた。現在の映画界のいびつな状況に強烈なパンチを送るというバイオレンスの痛みとともに、歴々の巨匠へのオマージュ、未来の映画にかける希望を込め、ナデリ独特の音作り、光と影の美しさが印象に残る。監督インタビューも合わせてどうぞ。

池の端にある貸しボート場の息子、住田佑一は15歳の中学生。借金を抱えた父親は蒸発し、男を連れ込む母親はやがて家出。住田に憧れる同級生の茶沢景子は孤独な彼を励ますが……。古谷実の同名のコミックを、設定を3.11後に変更して園子温監督が映画化。ひりつく痛みを抱えて生きる中学生を、若手演技派の最右翼、染谷将太＆二階堂ふみが演じてヴェネツィアで最優秀新人賞をW受賞。瓦礫が散乱する風景を利用して3.11後を表すセンスには感心しないが、役者の演技と魅力を最大限に引き出した監督の力量には大いに感服する。若くキュートな２人の効果で、いつもの園監督作品とは異なる味がした。