『花はどこへいった』に続き、ベトナム戦争で散布された枯葉剤被害者たちの姿を映し出す坂田雅子監督のドキュメンタリー。直接浴びた親から産まれた子供、散布に関わった米兵の子供、その親たちをベトナムとアメリカで訪ね、苦渋に満ちた言葉を引き出す。当時のアメリカ政府は「正しく使えば人体には無害」などと謳っていたが、戦後35年のいまもなお被害は続いているという現実。目下進行中の放射能汚染も同様の結果になることは想像に難くない。半世紀も前に警鐘を鳴らしていたレイチェル・カーソンの言葉が引用され、それでもまだやり続けますかという問いを突きつけられているよう。

現代ジャーナリストのジュリアと戦時下を生きた少女サラを繋げるパリのアパルトマンの部屋。最近明らかになったフランス当局によるユダヤ人迫害によって、家族全員が警察に連行されようとしたが、姉のサラは機転を利かせて幼い弟を納戸に隠し鍵をかけた。弟を救いたい一心で死にもの狂いで収容所を脱走、奇跡的に部屋に戻ってサラが見たものは…。ブレネール監督は過去と現���を美しく交差させ、現代人の無関心に警鐘を鳴らし、過去を知ることの痛みも描く。それでもなお「真実を受け止めることがよい未来を作る」という信念が胸を打つ。東京国際映画祭観客賞、監督賞をW受賞の感動の１本。

紀元前６世紀の中国。混乱の時代に魯の君主から位を与えられた孔子は、因習を廃止し、外交に力を入れるなど改革を進めていた。近隣各国に才能が知れ渡り、功績が認められるが……。2500年前の偉人、孔子の本格的な映画化は意外にも本作が初めてだとか。チョウ・ユンファを主演に射止めたフー・メイは、チャン・イーモウ、チェン・カイコー、ティエン・チュアンチュアンらと並ぶ第５世代の女性監督。孔子を崇拝する専門家たちの横やりに心が折れそうになりつつも、33回も改訂したシナリオで見応えのある大作を仕上げた。ダイナミックな映像、ブルーを基調とした衣装も美しく、心を揺さぶられる。

ミラノの富豪に嫁いだロシア人のエンマ。３人の子供たちも成長し、不自由のない生活だが、息子の友人でシェフのアントニオに出会い、胸のざわめきを感じて……。ノーブルなオーラ漂うイギリス人女優ティルダ・スウィントンが英語を封印し、イタリア語とロシア語で挑んだルカ・グァダニーノ監督作品。イタリアのフォトジェニックな風景、美術館のような豪邸のインテリア、センシュアルな料理、Jil Sanderのヴィヴィッドな衣装、それを着こなすティルダ。肉体と植物のカットを交互に織り成したラブシーンも夢のよう。11年かけて本作のプロデュースにも携わったという、彼女の気合いがひしひしと伝わる。

1978年に精神科病院を廃止する法律が制定されたイタリア、患者は隔離されずに、一般社会で自立を目指すという流れの中での実話に基づいている。労働組合員のネッロは「協同組合180」で、薬に頼り生気を失った精神科の元患者たちに出会う。これではいけない、ちゃんと「仕事」をすることで生きる力を取り戻そうと、組合会議をして考えた結果、"床貼り"仕事に挑戦することに。困難にぶつかりながらも「やればできる（原題）」スピリットで突き進むが…。繊細な題材だが、俳優のコミカルで迫真の「元患者」演技に大笑い。さて日本はどうだろうと考えさせられる。

中国・延辺の朝鮮族自治州。貧しいタクシー運転手グナムは、借金帳消しの代わりに韓国での殺人を請け負う。密航船で海を渡り、ソウルへ。出稼ぎに行き音信が途絶えた妻の足取りも追うが……。『チェイサー』のナ・ホンジン監督第２作は、ハ・ジョンウとキム・ユンソクを再び主演に起用したダイナミックなサスペンス。朝鮮半島西側の黄海を挟んだ中国と韓国を舞台に、前作からぐんとスケールアップした息もつかせぬドラマが展開される。ド迫力のカーチェイスなどスペクタキュラスな見せ場と、妻を捜す夫の心情を繊細に綴る人間ドラマ、バランスが取れた極上のエンタテインメントに、最後の最後まで釘付け。

90年代終盤、円山町のラブホテル街で女の変死体が発見される。事件を追う刑事の和子は、作家の妻いずみと大学助教授の美津子の秘められた裏の顔を知り、のめり込んでいく……。東電OL殺人事件にインスパイアされた園子温監督が、タイプの異なる女たちを軸に、女という生き物の業を描く。水野美紀も大奮闘、監督と婚約したばかりの神楽坂恵も大熱演だが、美津子役の冨樫真とその母役の大方斐紗子の、狂気に満ちた怪演が凄まじい。『冷たい熱帯魚』ほど大量の血のりは使われていないが、吐き気をもよおすおぞましいシーンはもちろん、セックス描写も盛りだくさん。R-18、大人限定です！

中年サラリーマンのエフジェンは、妻と２人暮らし。ある夜、夢の中で美女と出会った彼は、気になって精神分析医のカウンセリングを受ける……。チェコアニメの巨匠、ヤン・シュヴァンクマイエル監督は御年77歳。５年ぶりの新作は、夢とうつつの境界を彷徨い、夢分析によって自身の無意識と向き合っていく男の物語。監督自身が登場する前口上で「低予算で作った、不完全な実写映画の代替品」と言い訳しているが、切り絵アニメと実写が組み合わされた映像は自由闊達な遊び心にあふれ、フロイトとユングの壮絶なバトルなど、ユーモア満載！　人生の悲喜こもごもが詰まった奥深い作品だ。

ナポリの犯罪組織「カモッラ」。ドンパチが日常という環境下で育った少年トトは儀式を経て組織に入り、敵対するグループに加わった親友との別れが訪れる。組織が取り仕切る高級オートクチュールの仕立て屋パスクワーレ、産廃処理会社に入社した青年ロベルトはそれぞれの悩みを抱え、決断をするが……。シチリア・マフィアのナポリ版、カモッラに関わる人々を描いた群像劇。物語の大半は実話ベースで、原作者ロベルト・サヴィアーノは組織から殺人予告を受けたそう。粋がって暴れる少年たちをカメラは冷徹に映し出すが、選択の余地なくそこに入っていくしかない彼らの姿に人生の悲哀が漂う。

テレビ業界から干されたフランス人プロデューサーのジョアキムは、すべてを捨てて渡米。数年後、華やかなショーダンサーチーム「ニュー・バーレスク」のメンバーを伴って凱旋帰国し、港町を巡って成功を収めるが……。役者としても大活躍のマチュー・アマルリックの、長編としては４本目となる監督作品。ド派手な衣装とメイク、たっぷりしたお肉のついた体を豪快に揺らす華麗なダンスで魅せてくれる彼女たちは、全員が現役のダンサー。なにがあっても前へ進め！　タフでワイルドな女たちによってダメ男が新しい人生を切り拓く、大人のドラマがポジティブに描かれ、2010年のカンヌで監督賞を受賞。

アメリカ在住の作家、牧師、詩人、フランス在住の画家、彫刻家、スウェーデン在住の劇作家……。文革から天安門事件にかけて、中国政府による言論・情報統制と闘い、多くの知識人や表現者が国を追われた。87年に留学生として来日し、日本で活動する翰光（Han Guang）監督が、11人の亡命者たちを追ったドキュメンタリー。越境しても中国人であることに変わりなく、望郷の想いは募る。戻ることが叶わない祖国への複雑な気持ちを抱えて心は引き裂かれ、ほとばしる言葉。経済発展目覚ましい中国が抱える問題が浮かび上がるが、この国だけの問題ではない。見えざる壁が取り払われる日はいつ訪れるだろうか。

余命半年と宣告された67歳の砂田知昭。熱血営業マンとして勤め上げた会社を定年退職し、第２の人生を楽しみにしていた矢先だった。しかし「段取り命！」を習慣としてきた男は、真っ先に"最後の仕事"のプランを立て、死ぬまでにやるべきアジェンダを前向きにこなしていく。そんな父の姿に、映画監督でもある末っ娘がクールにカメラを向け続けていた。孫と無邪気に遊ぶ父、祖母に別れを告げる父、母とふたりきりの父、なんともユーモラスなキャラの父に向けられるプロフェッショナルでたくましい砂田麻美監督の視線。家族の死を乗り越えることへの、温かい応援歌でもある。

メキシコの有名なハーブ学者であるララ（オフェリア・メディーナ）は医者から認知症の診断を受けた後、娘に「誰かのお荷物として生きたくない」と告げる。幼い息子コスモを育てるシングルマザーの娘ダリア（ウルスラ・プルネダ）は母を在宅看護するが、症状の進行につれ、母のハーブ研究の真髄に気づいていく…。美しい色彩のハーブから様々な香りが連想され、ナチュラルな音楽に身を委ねるとちょっとしたトリップ感覚に浸る。実の孫がコスモ役で出演しているマリア・ノバロ監督、10年ぶりの作品はメキシコの土の匂いと母性と自由な精神に溢れた、滋養たっぷりの意欲作。

ネコを届けるためにパリにやってきたカズヤ。生きることに価値を見出せない彼は、首を吊ろうと試みるが失敗し、まだ見ぬ腹違いの兄の家を訪ねる……。ウェブ上の劇場「THEATRE TOKYO」第１弾として公開され、話題になった作品が期間限定でリアルな劇場へ。監督・脚本は柿本ケンサク×半野喜弘。撮影・編集は柿本が、音楽は半野が手掛けている。オールパリロケで、窪塚洋介と桃生亜希子が不安定な精神の揺らぎと狂気を表現。被写体の心情に寄り添う親密な映像に、エモーショナルな音楽がからむ。なにが「UGLY」かわからないが、その意味を問うことに意味はなさそうな作品だ。

カウンセラーのジェリーと地質学者の夫トム、弁護士の息子ジョーは仲良し家族。休日に菜園で野菜を作り、友人を招いてパーティーを開く。ジェリーの同僚で独身のメアリーはたびたび一家を訪ねるが、自分の不運を嘆く孤独な彼女はタバコと酒が手放せず、今日も飲み過ぎてしまう……。イギリスの名匠マイク・リーの新作は、リー作品の常連俳優たちが監督と共に即興で作り上げたヒューマンドラマ。単純に「人生ってすばらしい！」ではない、複雑で奥深く、滋味に満ちた個々の人生が映し出される。レスリー・マンヴィル演じるメアリーの表情の変化を捉えた長回しのラストシーンがずっと心に残る。

凶器を使わず巧妙な仕掛けを駆使し、ターゲットが事故死したように見せること。それが殺し屋ブレインの美学。仲間と仕事を遂行中のある夜、降りしきる豪雨の中を暴走したバスが突進してくる。狙われているのは俺なのか？　疑心暗鬼に駆られた彼は……。徹底的に偶然を装った、華麗なる殺しのテクが見どころ。１が転がって２に触れると３が引っ張られて４が倒れるという、スペクタキュラーな仕掛けが香港の街中でダイナミックに展開され、巨大なピタゴラ装置のよう。タイトルが意味する「事故」と「偶然」を鮮やかに見せる構成と映像美に、製作のジョニー・トーとソイ・チェン監督のセンスが冴える。

犯罪組織に密告者を送り込み、事件を解決してきた捜査官ドン。ある現場で作戦がバレて密告者に重傷を負わせて以来、罪の意識に苛まれているが、父親の借金のカタに妹をヤクザにとられた男を密告者として新たに使うことになった……。立体的なオープニングクレジットからわくわくさせられ、躍動するスタイリッシュな映像にほれぼれ。ドンは妻を失い、ニコラス・ツェー演じる密告者は妹をヤクザにとられているという切ないヒューマンドラマ、スピンしまくりのカーチェイスに銃撃戦、刃物での死闘。ダンテ・ラム監督が作り上げた、The香港映画ともいえる濃厚な男のドラマにむせ返る。

山に抱かれたキルギスの村。のどかなこの地で、村人から"明り屋さん"と親しまれている電気工がいた。愛する妻と４人の娘とつましく暮らす彼は、たくさんの手作り風車で発電し、村を明りで満たすことを夢見ていたが……。この先の電気をどうするのかという岐路に立たされている日本に、タイムリーなトピックを孕んだ作品がやってきた。素朴で可愛らしい主人公を演じているのが、アリム・クバト監督本人である。ほのぼのした村にも政変の波が押し寄せ、利権を求める輩がやって来るなど、ここだって楽園ではないが、孤軍奮闘する明り屋さんの姿が私たちの心にもぽっと温かな光を灯してくれる。

ペルー農村部。老女が病床で「悲しみの歌」を歌い、息を引き取る。遺体埋葬の費用を稼ぐため、娘のファウスタは家政婦として働き始めるが……。1980年から2000年のテロで、女性たちがレイプされ殺された悲惨な史実が背景にある。母の恐怖と悲しみを母乳を介して受け継ぎ、膣内にジャガイモを入れて身を守る娘。やっと取り出され、花が咲いた時、彼女の未来を照らす仄かな光明が見える。主演マガリ・ソリエルの透明でやわらかな歌声が心地よく、シンプルで情感豊かなギターの音色と民族音楽がベースのサウンドトラック、『シルビアのいる街で』のナターシャ・ブレイアのカメラワークも見事。

母ナワルを亡くした双子の姉弟ジャンヌとシモン。遺言には、姉弟の父と兄に渡してほしいと２通の手紙が同封されていた。存在すら知らない家族の足跡と母が生きた軌跡を辿る２人は、やがて受け入れ難い真実を知る……。現代のカナダと1970年代の中東を往来して浮かび上がるのは、母と子が背負った忌まわしい業と戦慄の運命。衝撃的なラストに呆然となるが、そこに至るドラマの構成が巧みで引き込まれる。中東の国名が伏せられているせいか、紛争の絶えないどこかが舞台の寓話のよう。レバノン系カナダ人、ワジディ・ムアワッドの戯曲をドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が映画化。この２人の名前を記憶しておこう。

男と別れ、金もない、妊娠９ヶ月の原光子。アパートを引き払い、子供のころに夜逃げした両親と暮らしたボロ長屋へ向かった彼女は、寝たきりの大家の介護をしながら、ここで出産しようと決めるが……。石井裕也監督らしいペーソスが沁みる人情コメディ。粋に、風まかせに生きる、寅さんのような光子の口ぐせ「いい風が吹いてないときは昼寝。風向きが変わったらドーンといけばいい」「OK！　なにもかも大丈夫」に、笑いつつ共感する。自分だってたいへんだけど、もっとたいへんな人を助けたい！　義理人情に厚い光子の大奮闘ぶりは、ポスト3.11のポジティブな空気を伝えてくれる。

長年の夢だった新車"スバル"を購入直後に盗まれてしまったアラブ系イスラエル人のズベイル、妹の結婚式を目前にドン底に。親類、友達、マフィアも巻き込んでいく車（幸せ）探しのヒューマンコメディだ。行き先は車泥棒の街タイベか、はたまたパレスチナの車解体の街か…？　冒頭「ケ・セラ・セラ」の鮮烈な歌声、眩しい日射し、空や海の青、鮮やかな色彩の映像に心ウキウキ、一体これがドロ沼に陥っている世界の紛争地かと目を疑うが、正真正銘、これも彼の地のリアルなのだ。新鋭小川和也監督は、縁を大事に明るく生きる人々の日常にフォーカス、人間の逞しさを楽しく描く。

マーガレット（ソフィー・マルソー）は、40歳の誕生日を迎えた今日も、原子力プラントを中国に売るための対策や交渉に追われていた。そんな慌ただしい仕事場に、公証人と名乗る老人が現れる。彼が届けにきたのは、マーガレットが7歳の頃に書いた自分への手紙だった─。幼い頃の自分は「どういう人間であるか真実を語ってくれる」というソフィー・マルソー。単調なオフィスとカラフルなコラージュ満載の手紙、巨大で四角い空間に花が咲いたように広げられる小さく曲線的な手紙、など対比される二つの世界は、マーガレットの行動や感情とともに絶妙な変化を見せていく。漫画や絵本の執筆、アートグラフィックで活躍したヤン・サミュエル監督作品。

それぞれの理由で「死」の存在を強烈に身近に感じている少年イーノックと美少女アナベル。"葬式ゲーム"という、死を「見る」ことで「生」を確かめるかのような奇妙な遊びに興じるふたりが出会い、惹かれ合う。デニス・ホッパー愛息のヘンリー・ホッパーとキュートな透明感を放つミア・ワシコウスカは若いカップルを切なく演じ、さらにイーノックの親友、特攻隊員の幽霊ヒロシを加瀬亮が堪能な英語と不思議な存在感で好演している。ガス・ヴァン・サント監督が魔法のように創り出す儚く美しい世界のなかで、自由に存分に生きる３人が起こす神秘的な化学反応をお見逃しなく！

4日間にわたるフランス人学生によるタンタン作者エルジェのインタビュー音源をもとに、タンタンシリーズの魅力の秘密とエルジェの生涯を紐解くドキュメンタリー。大のタンタンファンであるデンマークのオステルガルド監督は、30年間眠っていたというノイズだらけのテープに残されたエルジェの味のある生声に感動、既存のエルジェの映像に音声をシンクロさせることで動くエルジェを再現している。世界各地から海底や月まで冒険するタンタンにはどんな想いが籠められたのか？　戦争、離婚、ノイローゼ、中国人との出会い…、驚きの人気作家の秘密がセンスよく明かされる。

結婚５年目、毎朝弁当を作り、サラリーマンとしてこつこつと仕事をこなしてきた、几帳面で優しいツレ（夫）。ある日急にふさぎ込み、会社に行かれなくなった彼はうつ病と診断される。「会社を辞めないなら離婚！」と晴子は宣言するが……。夫婦や家族、友人として、うつで苦しむ大事な人をどう支えていけばいいのか。細川貂々による同名のベストセラーの雰囲気そのまま、宮崎あおいと堺雅人を主演に、他人事ではない身近なテーマを、ユーモアを交えて温かな眼差しで映し出す。うつだけでなく、難局をどうポジティブに捉え、乗り越えるかという、人生のあらゆる試練への対処法として応用できそう。

徳川泰平の世、政策により理不尽に大名家が取り潰され、浪人となり生活に貧していく武士の末路。そんな折に巷に流行ったのは、大名屋敷をいきなり訪ね、玄関で切腹したいと申し出るが命は助かり、あわよくば職を得るという、浪人生き残りの"狂言切腹"だった。ところが病気の妻子のためにそれにすがった求女（瑛太）の場合は違っていた…。求女の義父、半四郎役の市川海老蔵は堂々たるプレゼンス、ラストの立ち回りは存分に魅せる。ダブル主演の瑛太も好演。３D映像が原作『異聞浪人記』に流れる精神性を伝える助けになるかどうか疑問も残るが、坂本龍一の美しい音楽は静かに映像美を支えている。

美しい海の上、親子がボートで浮かんでいる…、なにやら胸さわぎを憶えつつ物語は始まる。21才の自閉症のターフー（ウェン・ジャン）と水族館で設備技師として働く父のシンチョン（ジェット・リー）はふたり暮らし。父にとって、病気の息子をこの世に残していく怖れとはどれほどか…。しばらくチャリティ活動に専念していたジェット・リーがノーギャラで参加、全身全霊で父親を演じる"らしくない"姿に胸打たれる。新人シャオルー監督の長いボランティア経験に基づく温かく安定した眼差し、さらに撮影のドイル、編集のチャンなど香港の頼もしいスタッフも参加して作り上げた。

８ヶ月前に４歳の息子が交通事故死して以来、どうしようもない喪失感に苛まれているベッカ。グループセラピーに参加し、実家の母や妹と話しても、ひりつく心は癒されない。ある日、加害者少年を目撃した彼女は……。ニコール・キッドマンがブロードウェイで上演された同名の舞台作品に惚れ込んで初プロデュース＆主演、ジョン・キャメロン・ミッチェルが監督を務めた。深い悲哀を抱えるベッカを演じるニコールの、繊細に移ろう表情と抑制された演技が出色。簡単に喪失の悲しみは消え去らないが、その大きさや重さが変化するというセリフが響く。脚本、演出、キャスト、すべてが魅力的な佳品。

母は精神を病み、ドラッグの売人で保釈中の父は家を担保に入れて失踪。頼りない親に代わって幼い弟妹の面倒をみる17歳の少女リーは、父親を捜し始める……。親戚もどうしようもない荒みっぷりで、それぞれの険しい顔つきに艱難辛苦がにじみ出ている。家族の問題を１人で抱え込み、歯が折れるほど殴られてもへこたれず、悪態をつきながらタフに乗り越えていくリーがたくましい。貧しくとも卑しい真似をするなと弟妹をしつけ、銃でリスを仕留めて皮を剥ぐ方法を教え、生き抜く知恵を伝授。寒々しい冬の旅の果て、「ドリー家の人間だもの」と矜持を保ち続ける彼女に春は訪れるだろうか。

上流家庭のメイドとして豪邸にやってきたウニ。先輩メイドの指導で、主人と双子を妊娠中の妻、６歳の娘にかいがいしく仕える。主人に誘惑され関係を持ったウニも妊娠して……。キム・ギヨン監督の1960年の名作『下女』にインスパイアされた異才イム・サンスが、カンヌ女優チョン・ドヨンを主演に独自の新解釈でリメイク。久々にスクリーンで見たイ・ジョンジェがエロいご主人様を演じ、素晴らしいはまり役。女優魂を見せつけるドヨンは09年に母になったばかり。母性をズタズタに引き裂かれるこの役柄をどんな心境で演じただろう。ホラー風味あふれる『下女』以上に官能的で鳥肌もの。