タイからやってきた女スパイが潜入先でターゲットと恋に落ちる「IRON PUSSY」。撮影監督と不思議な少女が夜通し街を歩いて海に向かう「Kamome」。恋愛の記憶売買ビジネスがはびこる近未来ファンタジー「LOVE FOR SALE」。昨年の釜山国際映画祭のクロージング作品は、ウィシット・サーサナティアン、行定勲、チャン・ジュナンが釜山を舞台に作った３篇のオムニバス。貫くテーマは「愛」だが、どれもこれも切ない。個人的には、日本でも韓国でもなく、タイの作品がお気に入り。その後の２篇がかすんでしまったほど、美術家でもあるマイケル・シャオワナーサイの存在感に目が釘付け。

第一次大戦前夜の激動のイタリアで、若く血気盛んな政治活動家ムッソリーニと出逢い、一瞬にして恋におちたイーダ。全身全霊、全財産をかけて男を支え、子供を産み、幸せな妻となるはずだったが、運命はそれを許さず…。狂人として精神病院に入れられ踏みにじられてもなお最後まで闘い抜く、その原動力とは？　ファシズムに走る時代を、未来派���意匠やニュース映画、さらにチャップリンなど黎明期の映画の断片を印象的に取込み描くベロッキオ監督独特の重厚な映像もみどころ。 全存在をかけて社会と運命に対して孤軍闘った女の生き様に圧倒される。

もう震災関連の映像は見たくないという人がほとんどだった昨年６月、あえて緊急公開された本作には、TVニュースとは異質の映画としての強度がある。これまでの作品で介護現場を捉えた大宮浩一監督は、４月末から５月にかけて医師とともに被災地を訪問。「ガレキ」と一括りにされる個々の人生の断片や痕跡、方言がわからないながらも心に訴えかける被災者の姿を映しつつ、『アブラクサスの祭』の著者でもある福島県福聚寺の住職、玄侑宗久の祈りを織り込む。無常としか言いようのない大災害の風景に読経の声が響き渡り、ナレーションもテロップも音楽もないからこそ、なおさら胸に迫る。

少年時代から「前人未到の何か」を目指してきたメスナー兄弟。1970年に２人でヒマラヤ山脈ルパール壁ルートの初登攀を果たしたが、生還したのは兄ラインホルトだけだった……。成功の後に疑惑が生まれ、大スキャンダルに発展した事件について、悲劇に見舞われたメスナーが30年余を経て著書『裸の山 ナンガ・パルバート』で語った。これをベースに彼自身がヨゼフ・フィルスマイアー監督に企画を持ち込んで映画化。知られざる事実を解明する過程で描かれる兄弟愛も美しいが、青みがかった雪山、深い闇、澄み切った青空、たなびく雲海などを捉えたダイナミックな映像もため息が出る美しさ。

幼くして残酷に母を失ったアリーと、自殺で兄を失ったタイラー。ふたりは友人の"悪巧み"で出逢い、強く惹かれあう。若さゆえの説明不能の怒りに苦しむタイラーにとって、心に傷を抱えながらも凛と生きるアリーは"生きる悦び"だった。しかしある日"悪巧み"がバレてしまい…。主演兼製作総指揮も務めたロバート・パティンソンは『トワイライト』シリーズからガラリと変身して生身の人間を熱演。透明感溢れるアリーとのラブストーリーにどっぷり引き込まれていく。9.11から10年を迎えるニューヨークが舞台、衝撃を伴うエンディングには熱い想いが秘めらている。

授業、バイト、コンパ、漫然とした日々に辟易している医大生の甲太。郵便局で海外支援のパンフを見て閃いた彼は、親友たちにメールを送る。「カンボジアに小学校を建てよう！」そして、資金集めの日々が始まった……。2010年公開のドキュメンタリー『マジでガチなボランティア』でも紹介された実話をベースに、もう１人の側から描いた青春ドラマ。悪戦苦闘の中で様々な発見をしつつ成長していく学生たちの姿が清々しい。向井理、松坂桃李、柄本佑、窪田正孝がカンボジアで悲惨な歴史に触れるシーンはドキュメンタリーのようで、４人の驚きがリアルに伝わる。本作は同国を知る機会にもなるはずだ。

ローマで暮らす作家志望のトンマーゾ。兄アントニオが家業のパスタ会社を継ぐことになり、経営者一族の晩餐会で、小説家になりたいという夢を語り、ゲイであることをカムアウトしようとするが……。キラキラした陽光がまぶしい夏の南イタリアを舞台に、人生に悩む青年の物語と並行し、彼の祖母の悲恋にまつわる物語も描かれる。なぜゲイがこうも疎んじられるのか、やや前時代的な匂いもするが、親の意向に背いた生き方の苦渋は昔もいまも変わらないということか。Theラテン気質の大らかでハッピーなイタリアの大家族。おせっかいで、干渉しすぎで、鬱陶しいけど、あったかい。

最も大切な人だけの記憶を奪うウィルス・エマノン。突然人々は倒れ、何事もなく日常にもどる。ある日、ミオは知らない男にナンパされ……物語がはじまる。記憶をたぐりよせ再び恋に落ちる男女もいれば、存在の息苦しさに耐えきれず狂気に走るものも。極めて個人的な記憶喪失の集合が社会構造まで影響を及ぼし、ミクロとマクロの世界が交���する。第22回東京国際映画祭ある視点部門で上映された作品でもある。「消去にはポジティブな面もあるのでは」と監督に問うと、「ネガがなければポジもない」という解答。思わず★を増やしてしまった。

アフリカの難民キャンプで働く医師アントン。デンマークには別居中の妻と２人の息子がいて、いじめを受ける長男エリアスのクラスに、母を亡くしたばかりのクリスチャンが転校してくる。親しくなった２人はいじめっ子に報復するが……。世界中にファンの多い、デンマーク出身のスサンネ・ビア監督の新作。不安定な心理状態にある少年たちと、息子に善悪を説くものの自分たちもまたそれぞれの問題を抱えて悩む親たちを繊細に描き、原題でもある「復讐」がなにかを変える力にはなり得ないことを伝える。柔らかな光、深い闇、流れる雲などを捉えた瑞々しい映像と、あたたかなタッチの音楽も心に沁みる。

特殊部隊所属の米兵ジョンは、帰省中に大学生サヴァナと出会い、惹かれ合う。幸せは束の間、彼は部隊に戻り、戦地へ。手紙を交わし、愛を深めていく２人。数ヶ月後に再会して気持ちを確かめ合うが、やがて別れを告げる手紙が従軍中のジョンに届く……。ハリウッドが注目する売れっ子作家ニコラス・スパークスのベストセラー小説を、ラッセ・ハルストレム監督が映画化。この時代に文通？　というノスタルジックな純愛の展開と、9.11によって関係が変化するという同時代性、その両方を併せ持つ物語が魅力。最近出まくりのアマンダ・サイフリッドがサヴァナを好演し、美しい歌声も披露してくれる。

老いた主人とその妻、彼女と不倫中の麺職人、凸凹麺職人カップルが切り盛りする麺屋。店を訪れた行商人から妻は銃を買うが、不倫を知った夫が逆上して……。コーエン兄弟の1984年のデビュー作『ブラッド・シンプル』を、チャン・イーモウが舞台を中国の荒野に移してリメイク。骨格となるストーリーを抽出し、キャラが際立った麺屋の５人＋警察官が織り成すクライムコメディとして大胆にアレンジしている。コバルトブルーの空＆オレンジ色の乾いた大地などコントラストが鮮やかな色彩と、各自の思いが交錯し、勘違いによって転がっていく物語が印象的。オリジナルとはまったく別物として楽しもう。

『アワーミュージック』以来のジャン＝リュック・ゴダールの長編作品が、80歳を迎えた直後に劇場公開された。６年間休んでいたわけではなく、短編やドキュメンタリーを製作し、本作では初のデジタル撮影に挑戦と、巨匠は老いてますます元気いっぱい。テキストやイメージのコラージュ、イエロー＆ブルーなど鮮やかな色彩が美しい画、耳障りなノイズに突如ぶつ切れる音声など、自由奔放なゴダール節も健在だ。テイストの異なる３楽章から成り、第１楽章では、船旅の途上でさらりと登場するパティ・スミスやレニー・ケイとの邂逅も。とにかくずっと作り続けてほしいと願うのみ。

ガザ地区からテルアビブ郊外の病院に搬送された赤ちゃんを救うため、１人のイスラエル人ジャーナリストが奔走。赤ちゃんの母親とアラブ語で語り合うが、「エルサレムは私たちパレスチナ人の聖地。息子を殉教者に」という言葉に憤り、葛藤する姿も映し出される。この人こそがシュロミー・エルダール監督だ。民族と民族ではなく、人間と人間がぶつかり合い、差異を乗り越えていく過程に灯る希望の光。１つの命を救うために人々が走る背後では、多くの子供の命が一瞬で奪われるテロのニュースが流れる。それでもあきらめずに「命は尊い」と言い続け、いつか訪れる平和な未来を信じるしかない。

都会のど真ん中、１年間の"ノーインパクト（地球に影響を与えない） 生活体験"をした家族のドキュメンタリー。作家のコリン・ビーヴァン、雑誌記者で浪費家の妻ミッシェルと２才の娘イザベラは、自動車なし、テレビなし、ゴミを大量に出すテイクアウトもなしとするなど禁欲的な生活に突入し、コリンのブログは大人気、メディアにひっぱりだこの一躍時の人に。しかし果たしてこんな小さな個人の試みに意���があるのかと迷いも生じる。ただ大人には辛いことも、子供にとってはどうも楽しい遊びのひとつのよう。幼いときからの「無い生活」は大事です。とにかく実験で終わらないことは日本でも証明されてしまった…。

無名のフランス人、ティエリー・グエッタによる国際的なストリート・アートのドキュメンタリーとして始まるものの、バンクシーとの出会いによりアーティスト「ミスター・ブレインウォッシュ」へと生まれ変わったティエリー本人が途中から主人公化し、映画は彼の初個展への道のりとそこに渦まく欲望を描くようになる。さりげなく変更される撮影視点をはじめとして、その物語構造の随所にはコンテンポラリー・アートとストリート・アートの関係がいくつかのレファランスとともに織りこまれていて興味深い。だが、それら全てを監督として作品化しているのがあくまでバンクシーであることを忘れてはならないだろう。アートの垣根を飛びこえて注目を集める英国人アーティストの大胆不敵なコンテクスト・ゲームは、初心者からストリート・アートのファンまで幅広く楽しめるものになっている。

映画史に燦然と輝く２つの巨星。彼らの邂逅と蜜月、そして別離を綴った、ヌーヴェル・ヴァーグ誕生50年記念のドキュメンタリー。1959年にカンヌ映画祭でトリュフォーの『大人は判ってくれない』が大成功し、その直後にゴダールが『勝手にしやがれ』で長編デビュー、そして２人は文字通り波に乗る。時代を共に作り上げた巨匠たちはなぜ引き裂かれたのか。それぞれの愛息ともいえる俳優ジャン＝ピエール・レオーの苦悩とは？　当時の貴重な映像、新聞記事、撮影風景、証言は、特に２人のファンでなくても映画好きなら必見と言えましょう。両監督の作品群もこの機会にDVDでチェックして！

虫の体に人の頭がくっついてムカデ人間─タイトルを聞いて思い浮かべるこんなビジュアル（と薄まりがちな関心）を、大胆に裏切り世界を席巻したオランダ・イギリス合作のホラー映画。シャム双生児分離手術の名医として知られたハイター博士は、ドイツ郊外の邸宅で密かに成功させた動物実験を人間で試そうと生贄を物色、ついに男1人・女2人の口と肛門を接合させ、器官の繋がった生命体「ムカデ人間」を創る。どんな硬質なサスペンスが始まるのかと思わせるカメラワークが斬新で、また過去のホラー古典作品にある歌舞伎的な約束事、序破急の超基本的な展開を踏襲しつつ全体をひっくり返すような笑いと虚脱感が、こちらをなぜか深いリラックス状態に誘う。スクリームフェスタ2009グランプリ、オースティン・ファンタスティック映画祭審査員賞、主演男優賞受賞。

ロマン・ポランスキー監督が、ジャーナリスト出身の原作者ロバート・ハリスと共に脚本を緻密に練り上げて作ったスリリングでスタイリッシュなサスペンス。元英国首相のアダム・ラング（ピアース・ブロスナン）の自叙伝のためにゴーストライターとして雇われた男（ユアン・マクレガー）は、謎の事故死を遂げた前任ライターの痕跡を見つけ、重大な秘密の断片に気づくが…。"普通の"男が"普通でない"クライアントに雇われ、どんどん事件に巻き込まれていくヒッチコックテイスト、イギリス独特のシニカルウィットなセリフもたまらなく粋だ。で、ラングはブレア元首相がモデルとか…？

３人の米兵をバズーカで吹き飛ばしたアラブ兵ムハンマド。米軍の捕虜になった彼は、護送中の車から運良く脱走に成功する。故郷の家族を夢見て、どうしても生きて帰りたいと希求するが……。ポーランドの巨匠イエジー・スコリモフスキの新作は、ひたすら逃げてサバイブする男の物語。蟻塚に手を突っ込んでアリを食べ、釣り人の魚を奪って貪り、赤ん坊に母乳をやる女の乳房にむしゃぶりつく。どんな絶望的な状況下でも生き延びたいという根源的な欲求を、ヴィンセント・ギャロが無言で演じる83分間。ダイナミックなランドスケープを捉えた映像美、追われる男の恐怖と生還への渇望にぞくぞくする。

余命２ヵ月と宣告されたウスバル（ハビエル・バルデム）。バルセロナの不法移民が身を寄せる貧民街で非合法の移民就労の商売に手を染めて生きていた。残していく幼い娘と息子を案じ、別れた双極性障害に苦しむ妻マランブラ（マリセル・アルバレス）とヨリを戻すのだったが…。死を目前にしてひとはどう生きるか。黒澤明『生きる』に強く影響を受けたイニャリトゥ監督、混沌とした価値観のなかでもがく現代人にとっての「生きる」意味を、生命力溢れる"イニャリトゥ節"で描く。父、闇の商売人、さらに超能力者という多面的な人物を演じ、バルデムはまた圧倒的な存在感を残す。

ある女性（井川遥）を尾行して写真を撮ってほしいと、見知らぬ男から唐突な依頼をされたカメラマン志望の大学生、光司（三浦春馬）。とはいえ公園で見かけた彼女に無性に惹かれ、すでにカメラ越しに出逢っていた。一方、幼なじみの冨永（榮倉奈々）、さらに義姉の美咲（小西真奈美）というふたりの女性と光司の関係はなにやら微妙なバランス…。３人の女性と光司との関係を、独特の不穏な緊張感を保ちつつも、青山真治監督にしては驚くほど柔らかい空気のなかで描きだす。"『フォロー・ミー』に捧ぐ"とされる小路幸也の同名小説が原作。尾行依頼の理由がそこに繋がる。

2003年、フセイン失脚から３週間後のイラク北部のクルド人居住区。風が吹きすさぶ荒野を少年と老婆が歩き始める。「まだ遠いの、ダーダ（おばあちゃん）？」 戦地から戻らぬ父を捜すための過酷な旅が始まる……。戦争で150万人以上が行方不明となり、集団墓地から数十万もの身元不明の遺体が発見された。その現実を広く知ってほしいと本作を手掛けたモハメド・アルダラジー監督は、「イラク・ミッシング・キャンペーン」を立ち上げ、遺体の身元確認を訴える。「リベンジではなく正義だけが解決。許しを経てイラクの平和につなげたい」と語る監督のインタビューもチェックして。

白いシーツの中にいる３兄弟。兄２人は電話帳をめくり、小さな弟をマーティンと名付けるが、アルコール依存症の母親は育児放棄。弟は死んでしまう。成長し、それぞれ過酷な人生を送る兄弟が母の葬式で再会する……。赤ん坊のムニャムニャという喃語、真っ白なまばゆい光で幕を開け、純粋無垢な洗礼ごっこに連なるシーンはまるで宗教画のよう。トマス・ヴィンターベア監督による特異なテクスチャーの映像美が際立つ。行き詰まった彼らの人生は、原題『Submarino』（潜水艦）のように息苦しいが、名前が明かされない次男の息子マーティンが仄かな希望の光を点す。

自由気ままな生活を送るアーロンは、誰にも行く先を告げずにユタのキャニオンに出かける。勝手知ったる場所で足取りも軽くクライミングを満喫するが、落石で断崖にがっちり右腕を挟まれて……。前半はダニー・ボイルらしいリズムと躍動する映像にワクワクするが、後半は127時間でいったいなにがどうなるのか、ハラハラドキドキ。実話だから助かるのだろうと思いつつ観る。でも、どうやって？　こんな絶望的な状況下でも忘れないユーモア、生への強い渇望と半生への悔いが、彼のその後の人生を変えていく。誰にでもできる決断ではないが、人間の根源的な強さと命の輝きに感動。