フィンランドのオルキルオト。原発の高レベル放射性廃棄物の最終処分場"オンカロ（隠された場所）"と呼ばれる施設に初めてカメラが潜入したドキュメンタリーは、カメラワーク、音楽、編集、すべてにコンセプチュアルアーティストでもあるマドセン監督のセンスが行き届いている。「高レベル放射性廃棄物は安全な状態になるまで10万年間かかる」という現実。ならば未来にどんなサインを残せば「危険物」とわかってくれるのか…、とんでもない問題をマジメに考えることの不毛な感覚。どうにも解決不能なものに手を出してしまったことへのオトシマエをいつかはつけなくてはならない。

ブエノスアイレスのアパートで愛猫ティノと暮らすルイーサ。きっちりと規則的な生活を送ってきたが、ある朝ティノが死んでしまい、同じ日に２つの仕事を解雇される。すべてを失った彼女がとった行動は……。地下鉄を舞台にした脚本のコンクールで大賞を受賞した作品を、これが長編デビューとなるゴンサロ・カルサーダ監督が映画化。ワケあり還暦女性の悲哀と孤独がずっしり重���前半、開き直りの境地に入った彼女がたくましくサバイブする様子がコミカルに綴られる後半のコントラストが痛快。ユニークな味わいを添えるスーペル・チャランゴの音楽も楽しい。

イギリスのパウエル、プレスバーガーコンビによる初期のバレエ映画にして完成度満点の、哀しくも美しい踊り子の物語。可憐で気品のあるプリマ、モイラ・シアラーを主役に、ニジンスキーの後継者と称されたレオニード・マシーンが夢の共演、華麗なバレエに目は釘付け！　とりわけ17分間の「赤い靴」ダンスシークエンスでは、ジャック・カーディフのカメラワークと画家で美術監督ハイン・ヘックロスの共作で夢のような映像が展開、無彩色な背景にトゥシューズの赤色が鮮烈に心に刻まれる。人生と芸術の間で引き裂かれていくバレリーナ、スコセッシ監修によって再び息を吹き返した…。

田舎道を自転車で突っ走る宮田淳一、50歳。妻は他界し、息子と娘は話しかけても返事をしない。孤独な彼を癒すのは、中学以来の親友と過ごす居酒屋での時間だけ……。オフビートの笑いと独特のペーソスがあふれる石井裕也監督作品。20代なのに中年男の心情をよく汲み取っている。名脇役として出演ラッシュの光石研が、デビュー作以来33年ぶりの主演を務め、親友役の田口トモロヲとともに悲哀に満ちたダンディズムを体現。巣立つ子供たちを送り出した父親が、１人になった帰路で娘が作ったサンドイッチをほおばる、その複雑な表情がたまらない。まえけん振り付けの『うさぎのダンス』も必見。

TVアニメ『鉄腕アトム』を手掛けた音響デザイナー、大野松雄を追ったドキュメンタリー。借金を抱えて消息不明だった彼を探して見つけ出す過程がおもしろい。「あの人は天才」「音の神様」と語られる今年81歳の大御所だが、"この世ならざる音"を探求する彼は「いまだに自分の本職がわからない。そのとき興味があるものに飛びついちゃう」と笑う。なんて軽やかでチャーミング！　ナレーションを野宮真貴、音響効果をパードン木村が担当し、今年７月に急逝したレイ・ハラカミも登場。冨永昌敬監督の眼差しを反映してか、上映中の『庭にお願い』といい、彼のドキュメンタリーの被写体は魅力的な輝きを放つ。

もしかしたら自分は自分ではないのではないか。自分の居場所はどこか他にあるのではないか。時にはそんな妄想がよぎることもある。では何処が本当の場所で、自分は誰なのか…。いまの人間関係とは何だろう？ 『溺れる人』で人間存在についてユニークな視点をみせた一尾直樹監督の９年ぶりの新作は、現代の希薄で繊細な「つながり」についてますます鋭く敏感に思考する。孤独を抱え、それでもなんとかつながろうとする登場人物たち。ネット社会を写すように「浮遊感」が漂う。アイとケイ演じる、尾野真千子と菊里ひかりの透明な美しさに導かれ、なんとも不思議な触感にひたる。

帰郷したまま戻らない恋人を追って、東京から東北の港町にやってきた坂田。彼女の実家を訪ねるが、娘は帰っていないと父親に追い返される。捜索するうち、町で数日前に起きた心中事件、原子力発電所との関連が浮かび上がり……。田原総一朗の同名の小説を黒木和雄監督が映画化した、『チャイナ・シンドローム』より１年早く原発を扱った1978年のATG作品。「中止して下さい。不法侵入ですよ」と坂田が止められるシーンは福島原発でのゲリラ撮影で、賛成派・反対派の利権争いなど、いま観ると複雑な気持ちになるが、ドキュメンタリータッチのサスペンスにぐいぐい引き付けられる。

北陸の乾いた道を、大きな荷物を担いで歩いていく青年。強盗をしながら旅をする途上で聾唖の男女に出会った彼は、なぜか２人に惹かれて行動を共にする……。当時TVディレクターだった田原総一朗と劇作家・清水邦夫が共同で監督・脚本を務めた、1971年のATG映画がファン待望のDVD化。白くまばゆい岩山、闇夜にうねる黒い海でたわむれる裸体など、陰影くっきりのモノクロ作品。３人の男女のロードムービーで、しゃべりまくる青年をスレンダーで髪ふさふさの石橋蓮司が飄々と演じる。桃井かおり、加納典明、カルメン・マキ、緑魔子、蜷川幸雄ら個性的な顔ぶれの、40年前の初々しい姿が見どころ。

セルフドキュメンタリーを手掛けてきた松江哲明監督が、ミュージシャンの前野健太を74分１カットで映し出したドキュメンタリー。舞台は監督が育った吉祥寺。2009年元日の街を、前野がギターを弾きながら歌い、歩き、監督と会話し、ほかの音楽家たちとセッションを行い、井の頭公園のステージに立つまで、16曲を披露する。TIFF2009「日本映画・ある視点部門」作品賞ほか各国の賞を受賞し、ロングラン上映された。監督自身が製作したDVDは、オーディオコメンタリー、メイキング、ブックレットなど特典いっぱいの２枚組。新作『トーキョードリフター』を観る前に、観た後にチェック！

バーで働く砂織は料理上手。食欲をそそる料理を客に振る舞うが、常連の九条は手をつけない。自炊で大胆な料理を作る彼だが、他人が作ったものは食べられないのだ。もう１人の常連、美江は過食症で食べ吐きが日常。彼女が勤務する事務所のボスは空っぽの弁当を食べるフリ……。食べるために生きる？　生きるために食べる？　食にまつわるエピソードを紡いだ、ひたすら食べ続ける群像劇。「食べることは生きること。生きることは愛すること」という、韓国映画『301・302』の印象的なコピーを思い出した。日々の炊事はめんどうだけど、食べ物が人を作ると信じて今宵の献立を考えよう。

南イタリアの山奥。ヤギを放牧する老いた牧夫が静かに息を引き取る。仔ヤギが産声を上げ、大きな樅の木の根元で眠りにつく。春になり、村人が樅の木を切り倒す。広場に立てられた木は、祭りの後木炭になる……。ドキュメンタリーに見えるがそうではない。人間、動物、植物、炭という４つの命をモチーフに、生命が循環し、リンクしていることを描いた映像詩。じっくりと映し出していく長回しの映像は１枚の絵画のようで、自然の音を紡いだサウンドも美しい。人間だけがエラいわけじゃない。身の丈に合った生活、目で見て合点がいく範囲の暮らしへのゆるやかな回帰を想った。

1942年、ナチス支配下のパリ。ヒトラーの迫害政策で、フランス政府がユダヤ人の一斉検挙を開始する。子供を含め１万3000人を、劣悪な衛生環境の競輪場を経て収容所へ移送。そこはまるで家畜小屋のような場所だった……。ユダヤ人に過酷な運命が待ち受けているとは知らず、収容所で彼らと共に過ごした看護師アネット。その存在が唯一の希望だからこそ、彼女と一緒に観客が味わう絶望も深い。多くの映画で扱われてきたホロコーストを、子供たちを軸にローズ・ボッシュ監督が女性らしい視線で描き、信念を持って行動した人と同時に、理不尽さを感じながらも行動できなかった人の姿をも丁寧に映し出す。

1969年。変革を希求する若者たちによる学生運動が激化していた。『週間東都』編集部で働く沢田もまた理想に燃え、彼らの想いを共有しジャーナリストとしての使命を果たしたいと願っていた……。何を信じて、何のために闘っているのか？　76年生まれの監督・山下敦弘と77年生まれの脚本家・向井康介のタッグで、混沌とした時代のむせ返るように濃厚な空気を再現した2時間20分の大作。過激な活動家に扮する松山ケンイチの凄みに鳥肌が立ち、葛藤する記者に扮する妻夫木聡の複雑に移ろう繊細な表情に心震える。映画に心を動かされた人は、川本三郎による同名の原作もチェックして。

フランス、ルーベを舞台に繰り広げられる"家族"の物語。母ジュノン（カトリーヌ・ドヌーヴ）の白血病が発覚したヴュイヤール家もクリスマスに家族が集まる。長男は同じ病気で他界。長女エリザベート（アンヌ・コンシニ）と次男アンリ（マチュー・アマルリック）には確執がある。借金問題で家族から"追放"されているアンリは、しかし恋人をつれてさらっと帰ってきた。骨髄ドナーとして母と適合したのはそのアンリだ…。家族の難しさ愛しさを、デプレシャン独特の緻密な演出で豊潤に描きあげ、豪華���俳優陣が丁寧に具現化していく本作は、きっと最高のクリスマスプレゼントに。

ライブまで１週間。高校生の美知子、シングルマザーのかおり、神聖かまってちゃんのマネージャー・ツルギはそれぞれ悩みを抱えて悶々としていた……。希代のロックバンドのライブに向けカウントダウンしながら、別の場所にいる人々を描いた群像劇。入江悠監督の天才肌の演出が際立ち、かまってちゃんファンじゃなくても、スパークするラストに向かって熱いグルーヴを生みながら心は全力疾走。ニコニコ動画、iPad、iPhoneなどの同時代ツールを駆使して、遠くで、近くで、すぐ傍で、私たちはこうやっていつでもつながることができる。そんな今日的なテーマが浮かび上がる。88888とニコニコ流にスタンディングオベーションを！

養蜂家の父と森で過ごす時間が大好きな幼いユスフ。しかし頼れる父は、ある日森に入ったまま忽然と姿を消す…。トルコのセミフ・カプランオール監督「ユスフ３部作」の完結編『蜂蜜』。先の２作『卵』『ミルク』ではそれぞれ詩人ユスフの壮年期、思春期を描き、本作では幼年期の彼を育んだ神秘的な森（心）のなかへと入りこみ、６歳の少年の繊細な心理と成長を映し出す。静寂のなかに溢れる森の自然音に耳を澄ませ、湿気をはらむ緑のなかに包まれていく没入感が心地よい。どうにも学校で「よくできました」のバッジがもらえず悩む健気なユスフ、その表情にノックダウン！　３作セットでDVDに。

中年レズビアンカップルのニックとジュールスは、同じドナーから精子提供を受けてそれぞれが産んだ18歳のジョニと15歳のレイザーとの４人家族。姉弟が探し当てた生物学上の父親ポールが家にやって来たことで波紋が生まれて……。人生いろいろあっても一緒にいるかどうか、結婚って難しいねというヘテロの夫婦にも共通するテーマを、ママ２人の風変わりな家族で描いたホームドラマ。アネット・ベニングとジュリアン・ムーアという大女優２人がはじけまくり。特殊な環境でオールライトに育った子供たちを演じるミア・ワシコウスカとジョシュ・ハッチャーソンもチャーミング。

ヴェローナへ旅に出たソフィは、多忙な婚約者とは別行動で「ジュリエットの家」を訪ねる。たまたま見つけた50年前の手紙に返事を書いたことで、英国からやってきた老婦人クレアのかつての恋人を一緒に捜すことに……。キラキラした光が満ちあふれる夏のイタリア、田園風景のフォトジェニックさはこの上ない。アマンダ・サイフリッドもキュートだけど、ヴァネッサ・レッドグレイヴ（御年74歳！）がとびきりチャーミング。ラストはロマンチック過ぎてむせ返りそうだけど、「愛は遅すぎることはない」という、49歳の若さで惜しくも逝去したゲイリー・ウィニック監督のシンプルなメッセージが響く。

スランプの渦中にある脚本家のヴィンセント。カタカタとキーボードを叩いてテキストを打っては消し、脚本がいっこうに仕上がらない。同棲するガールフレンドとのリアルな日常と脚本内のフィクション、悪夢のような幻想も交錯して……。アメリカでキャリアを積んだ中島央監督が長編デビューにして日本デビュー。映画を作る楽しさと懊悩、愛する喜びと喪失の痛みがないまぜになった物語がテンポよく綴られ、手持ちカメラによる躍動感たっぷりのカメラワークが効いている。本当に大切なものが問われるいま、こっ恥ずかしいけど、最後に残るものはやっぱり愛なのでしょう。

2008年にリニューアルオープンを予定し、開館以来の大改修工事が行われてきたのだが、市民の反対でプランの変更を余儀なくされるなど問題が続発し、工事は中断。問題はこじれまくり、予定は遅れに遅れ、ついに驚愕の事件が……。レンブラントにゴッホ、フェルメールらを生んだ美術大国オランダの、お宝満載美術館の大騒動。館長、学芸員、建築家、警備員らをカメラは追うが、無機質な建築物の背後で運営に当たるのは、喜怒哀楽のある生身の人間なのだということがよくわかる。舞台裏を知ってしまったからは現地に観に行かなくちゃ。現時点では2013年再オープン予定というが、果たして？

YouTubeにアップした短編が爆発的な人気を獲得したエズミール・フィーリョ監督。思春期に揺れる少年の心情を幻想的な映像とサウンドで鮮明にフィルムに焼きつける。ブラジル南部のドイツ系移民の小さな村、ハンドルネーム"ミスター・タンブリンマン"という少年（エンリケ・ラレー）は、ネットで知り合った友人からボブ・ディランのコンサートに誘われるが、村を出ることに躊躇する。そこに現れた年上の男ジュリアン、今は亡き彼の恋人"ジングル・ジャングル"の写真サイトを見つけ…。謎めいた展開は生と死の境界線を自在に結び、牧歌的な舞台の近未来映画のようで魅力的。

「人間は死なない」と言い切り、今年の春に急逝した荒川修作。わかりやすいとは言いがたい肉声や作品だが、身体感覚を通じて必死に開こうとした世界に迫る。 一連の行為は、わたしたちの住む三次元空間の次にある世界や関係性を伝えているため、やや突飛に聞こえるかも。まるで平面のような二次元の世界で、懸命に三次元の奥行きや高さを説くような難解な響きや苛立ちが漂う。けれど、同じ次元に触れている幼い子供、芸術家、宇宙物理学者、哲学者らとすんなり共鳴するのはなんだか納得。鑑賞前に、ぜひE.A.アボットによる名著『二次元の世界』をオススメします。

ジョン・レノンの人生は「イギリス時代」と「アメリカ時代」の2期に分けられる。本作はタイトルどおり「アメリカ時代（≒NY時代）」に絞り、音楽・思想・人間性のあらゆる角度から彼の生きざまを突きつけてくれる。使用されている映像や音源は、「レア」と表現する程度では過少表現になってしまうほど貴重なものばかりだが、それらのレア度をいちいち吟味している暇もないほどこの映画の骨太なメイン・ストーリーと構成にぐいぐい引き込まれていく。眼からウロコで腑に落ちた数々の事実も含め、その素晴らしさは到底この字数では書ききれぬため、この原稿執筆のために観ながら書いたメモをブログ「ビートルズ大学学報」にアップした。併読いただければ幸いである。

両親が離婚し、兄は母親と鹿児島で、弟は父親と福岡で暮らしている。「博多発の『つばめ』と鹿児島発の『さくら』の１番列車がすれ違う瞬間に奇跡が起きて願いが叶う」と聞いた２人は……。地震の翌日に全線開業した九州新幹線がモチーフ。子供が主役のタイアップものというとなんだか観る気が失せるが、是枝裕和監督なので心配無用。ナチュラルな名演を披露するまえだまえだが爽快なユーモアと突き抜け感をもたらし、彼らの感情に寄り添う岸田繁の音楽が物語をリードして疾走、山崎裕のカメラも子供たちと一緒に走る。かけがえのない日常が揺らぐいま、そこかしこで輝くミラクルに気付かせてくれた是枝監督に感謝。

夜明けの光がすべての人に希望を与えるわけではないんだなと思った。それでもやはり冬場の光は希望だ。佐藤泰志の未完の遺作から紡がれた、架空の町「海炭市」の５つの物語。現代の格差社会や地方の疲弊化を予感していたのか。何かを失い、かなわぬ思いを抱えた人々。不可抗力あり、因果あり、道を誤る者もいるが、厳しい状況をなんとか生きている。壊れた家族に替わる、町の住民としての接点も希薄ながらわずかにある。土地の重力から飛び出した青年（三浦誠己）も登場するが、自分を責めなくても本当はいいはず。土地は恵みをもたらすが有限でもあり、町を出た人が持ち帰るものもまた町を活性化させるから。ただし、水の美味い土地に浄水器をセールスするエピソードはいかにもやるせない。地方活性化を目指すアートプロジェクトも構造的には似ている気もする……。場所に根差しつつ、場所に限定されない物語。今後もじわじわと見続けられますように。

松本人志３作目は時代劇。子連れ狼ならぬ、子連れの、鞘しか差していない無断脱藩浪人、野見勘十郎の佇まいにまずやられる。一日一芸、心を閉ざしたお殿様を笑わせることに成功したら無罪放免、失敗すれば切腹、そんな「三十日の業」に処された勘十郎、やる気のなさを娘たえ（前田聖亜）に叱られ、牢屋番コンビ（板尾創路、柄本時生）に入れ知恵されながら懸命に業に挑む。だが若君は笑う気配すらなし…。一般人の「おっさん」で初主演の野見隆明が日ごと凄みを増していく。時代劇ならではの構図と色彩豊かな映像も決まり、元野狐禅の竹原ピストルの起用も意表を突く。笑えるか否かは、お楽しみ。

2092年、人間は不死の時代を迎えていた。118歳の老人ニモは「人類最後の死ぬ人間」で、まもなく訪れる臨終を前に人生を回想する……。総製作費50億円という壮大なスケールのSF。もしあのとき右ではなく左に進んでいたら…、人生の分岐点におけるオルタナティブな選択の行方は誰もが想像するだろう。人生は選択の集積。無数の可能性から取捨選択し、それを繰り返して時間を積み重ねていく。選ばなかった選択肢の先にあるものを知る由もないが、本作ではそれをパラレルに見せていく。ミスター・ノーバディは誰でもない。有限の命を今日も懸命に生きるアノニマスな私なのだ。

歌舞伎町で自堕落に生きるカズは、借金帳消しの代わりにトップレスバー襲撃を命じられる。店に乱入して叩き壊した後、ポールダンサー真知子の手を取り階段を駆け下りる……。1991年に朝日新聞で連載された中上健次の小説が原作。翌年８月に中上が46歳で急逝したため遺作に。ストーリーは古くさいが、廣木隆一監督は同時代的な要素を取り入れながら21世紀に蘇らせる。高良健吾と鈴木杏の大熱演はもちろん、緑摩子、大森南朋ら脇役陣も印象的。長回しでじっくりとキャラクターの心情を掬いとるカメラワーク、アコギと女性ヴォーカルの楽曲が繰り返されるサウンドトラックも胸に響く。

1910年夏、作曲家グスタフ・マーラーが精神分析医フロイトを訪ねる。愛妻アルマの不貞を知り、苦悩する彼は、フロイトの質問に答えながら閉ざしていた心を解放していく……。不朽の名作『バグダッド・カフェ』のパーシー・アドロンが息子フェリックスと共同で脚本・監督を手掛けたマーラー生誕150年＆没後100年を記念した作品。交響曲第10番を分割し、ストーリーに乗せていくという手法がユニークで、フラッシュバックで回想する過去、ドキュメンタリータッチの映像で近しい人々の証言を織り込んだ構成も面白い。音楽の迫力に負けない映像の美しさも特筆ものです。

産婦人科医のキャサリンは、大学教授の夫と息子との３人暮らし。傍目には裕福で幸せな家族だが、夫の浮気を疑った彼女は美しい娼婦クロエに夫を誘惑してほしいと依頼する……。カナダの鬼才アトム・エゴヤン監督らしくない官能的なドラマ。『キッズ・オールライト』でアネット・ベニングとレズビアン夫婦を演じたジュリアン・ムーアが、夫の不貞を疑って疑心暗鬼に駆られる妻を演じ、『マンマ・ミーア！』『ジュリエットからの手紙』のアマンダ・サイフリッドと女同士のベッドシーンにトライ。堂々たる50歳のベテラン女優だけど、最近妙にエロい。プロの娼婦が本気で恋してしまうのも納得。

都会でもなく田舎でもない、中途半端な街で便利屋を営む多田。ある日、中学の同級生・行天がなぜか事務所に転がり込み、２人の奇妙な共同生活が始まる…。2006年に直木賞を受賞し、65万部を超えた三浦しをんの人気小説が原作。便利屋稼業を通じて地域の人々と関わり、仕事を超えて響き合うコンビを瑛太と松田龍平が演じるが、それぞれ切ない過去を持つ２人の役柄は、彼らのミステリアスな雰囲気にぴったり。メガホンを取った大森立嗣監督の父・麿赤兒、弟・大森南朋ら脇役陣も個性的。物語は季節を追いかけるようにゆるゆると進み、ラストには一陣の爽やかな風が吹き抜ける。

コンゴ民主共和国の首都キン���ャサ。政情不安と貧困による最底辺の暮らし、ストリートチルドレンは３万人以上というこの街の一角で、「スタッフ・ベンダ・ビリリ」が演奏している。幼児期に発症したポリオで下半身不随の彼らは、バイクや自転車を改造したマシンに乗り、ストリートのリアルな現実と人生の希望を歌う。その音楽に魅了されたフランス人のルノーとフローランは、彼らのアルバムを作ろうと決意し、同時にカメラを回し始めた。圧倒的なエネルギーと豊かな音楽、どこまでもポジティブに輝く真のストリートミュージシャン、ビリリ。昨年の秋に来日ツアーを決行し、日本のオーディエンスを魅了した彼らからパワーをもらって。

ウェス・アンダーソン監督が子どものときからお気に入りだったロアルド・ダール（『チョコレート工場の秘密』著者）短編の念願の映画化。パペットを使ったストップモーションアニメーション技術で表現するキツネの豊かな表情やコケティッシュな身体の動きが驚異的、ビジュアルも見応えある。ちょっとブラックだけど愛すべきキツネ社会を風刺とユーモアを織り交ぜて描く。父さんキツネにジョージ・クルーニー、母さんキツネをメリル・ストリープが声を担当、ダンディーかつセクシーな味つけに。キツネ世界と悪徳人間世界の対決は現実の大国と小国の争いに重なり、ドキドキ。

1990年代、アルジェリアの小さな村。医療を提供し、蜂蜜を作って売り、現地のムスリムたちに慕われながら、穏やかな日々を送るフランス人修道士たち。しかし、内戦による暴力の波が修道院にも迫っていた……。96年に起きた、武装集団による修道士誘拐事件をベースに映画化された、2010年カンヌのグランプリ作品。ひたすら祈り、澄み切った声で歌う、彼らのストイックな日常を切り取る映像は一幅の宗教画のよう。去るべきか、留まるべきかと大いに悩み抜いた決断。死の影が接近しつつある最後の晩餐での、笑みと涙が複雑に交じり合う彼らの表情が忘れられない。

キスを迫る少年に「醜い子はイヤ！」と拒否する少女。くわえタバコのマセた少年はコンプレックスを持ったまま成長し、音楽の才能と甘い口説き文句で美女たちを虜にする伊達男になった。ブリジット・バルドー、ジェーン・バーキンらに愛され、1991年に62歳の生涯を閉じたセルジュ・ゲンスブールを描いた本作は、バンドデシネ（コミック）作家のジョアン・スファールが自身のグラフィックノベルを映画化した長編デビュー作。大きな耳とワシ鼻を強調した「醜男の分身」アニメが登場したり、猫がしゃべったり、ファンタジー風味満載のビジュアルが楽しい。主演エリック・エルモスニーノが似過ぎ！

若き高校教師ジョニーが交通事故に遭い、昏睡状態のまま５年が経過。目覚めた彼は、触れた人の過去や未来が見える超能力を身につけていた。ある上院議員候補がやがて大統領となり、核戦争のボタンを押すイメージを見た彼は……。スティーヴン・キングの同名の原作を、デヴィッド・クローネンバーグ監督が映画化した1983年の作品。TV版日本語吹替音声を収録したDVDが再発売に。クリストファー・ウォーケンが苦悩の主人公を演じ、切ないラストは涙をさそう。クローネンバーグ特有のドロドロした薄気味悪さはなく、数奇な運命を背負った人間を描いたサスペンスとして存分に楽しめる。

ソウルで暮らすヘウォンは、職場でのトラブルと人間関係に疲れ、子供時代を過ごした島を訪ねる。出迎えたのは、彼女の帰郷を待ちこがれていた幼なじみのボクナム。夫と義弟から暴力を受け、義母に奴隷のように扱われているボクナムはヘウォンに助けを求めるが…。キム・ギドク組のチャン・チョルス監督による長編デビュー作品は、絶海の孤島で展開される壮絶な復讐譚。観る者の胸を執拗にえぐる、性暴力を含めたバイオレンス描写は師匠ゆずり？　この時期、心身ともに疲弊している人にはおすすめしないけど、日常をしばし忘れさせてくれるインパクトは保証します。

フェ���ーリに乗り、セレブ御用達ホテルで退廃的な生活を送るハリウッドスターのジョニー。金と美女には困らないが、どうしようもない虚しさを抱えている。ある日、前妻と暮らす11歳の娘クレオがやってきて……。劇中にもイタリアが登場する、ソフィア・コッポラ監督の金獅子賞受賞作。音楽は必要最小限に留め、ゆっくりズームイン／アウトする長回しで、主人公の孤独を丁寧に描く。クレオ役エル・ファニングの、すらりと伸びた長い手足とフレッシュな存在感といったら！　愛娘とのやさしい時間を経て、ジョニーがどこかに向かって歩き出す、その繊細な表情の変化をお見逃しなく。

バスキアは美術史上の根無し草である。名前は非常に良く知られており、多くの場合、その劇的な人生や特殊な出自のみが注目されがちだ。若干20歳前後でニューヨーク美術界に鮮烈なデビューを果たし、若すぎる成功ゆえの豪奢と苦悩、わずか27歳でのドラッグによる悲劇的な死。黒人であることや、アンディ・ウォーホルとの交友、ストリートでのグラフィティから活動を始めたことなど、エピソードには事欠かない。だが、バスキアはやはり根無し草である。なぜなら、彼ほど有名なのに、具体的な評価がまったく棚上げにされている画家は恐らくいないのだから。それをバスキア自身のせいにすることはできないだろう。というのも、私たちはバスキアの絵画が、単なる子供騙しではないことも同時に知っているからである。美術史がバスキアのための場所を用意せずに、死後20年以上がすでに経ってしまった。『バスキアのすべて』は、今までのバスキア映画と同じように、基本的には画家の人生を本人とさまざまな関係者の肉声を通じて描く内容のものになっている。だが、生前のバスキアと友人であったという監督タムラ・デイビスの映像には、制作に関する状況が多く含まれている点は特筆すべきだろう。バスキアのスタジオや、彼が絵を描いている様子が、断片的であるにせよ映像として見れるのは今までなかったことだ。この映画が伝記として優れていることはもちろん、バスキアの作品について改めて考え、エピソードやゴシップに振り回されない画家としての評価につながる第一歩であることを期待したい。

ツテもコネもない刑事チョルギは、殺人事件の犯人をでっち上げたら昇進を保証するという上司との取引に応じる。一方、順風満帆の人生を送る世渡り上手なチュ検事は不動産会社のボスから献金を受けていた。２人が出会い新たな取引をして……。警察、検察、闇組織、メディアがからみ合う、韓国社会の裏側に横たわるどろどろの癒着を浮き彫りにした重厚でスリリングな犯罪劇。リュ・スンワン監督は告発するというより、その中で生きるしかない哀しい人間たちの悪あがきにスポットを当てる。緻密に練られた脚本が秀逸で、ファン・ジョンミンとリュ・スンボムの演技対決が見どころ。

ボクサー兄弟、ディッキーとミッキー。陽気な兄はドラッグに溺れて転落、弟のトレーナーを務めている。そんな兄とマネージャー役の母が組んだ試合でボロ負けしたミッキーは、恋人シャーリーンと父のサポートで再出発するが……。ボクシング映画ではなく、「やり直そうとする」兄弟を軸に家族の絆を描いた作品。実話ベースで作られ、エンドロールでは実際の２人の姿も映し出される。タイプの違う異父兄弟をリアルに演じる、クリスチャン・ベールとマーク・ウォールバーグの情熱に感服。役ごとに肉体改造するベールが13kg減量、歯並びをいじり髪を抜いてアカデミー賞受賞！