ワケあり結婚から７年目、ディーンとシンディは幼い娘を愛情たっぷりに育てているが、定職がない夫と仕事が忙しく余裕がない妻の間に少しずつ溝が生まれて……。夢を抱き、キラキラと輝いていた美しいカップルが、いまでは生活に疲れ、すっかり容色も衰えた中年夫婦に。出会った頃の７年前と現在、２つの時代を織り交ぜる脚本の構成力が秀逸。体重を増やし、頭髪を抜いて２人の現在を演じたライアン・ゴズリングとミシェル・ウィリアムズが、体当たりで夫婦のリアリティを見せる。相手も自分も変化する、そんな中でどう関係を深めていくことができるのか、普遍のテーマに心を揺さぶられる。

「提供者」をケアする介護人キャシーは、かつて過ごした寄宿学校ヘールシャムを思い出す。親の記憶はなく、教師たちに「特別な存在」と言われ、仲良しのルースやトミーと18歳まで暮らしたが、外界と隔離されたその場所は謎に包まれていた……。ノスタルジックな作りだが、SFであることが冒頭で示される。カズオ・イシグロの原作小説に比べ展開が早く、端折られているシーンがある���は残念だけど、雰囲気はよく伝わり、キャリー・マリガンらキャスティングも秀逸。流麗なカメラワークとサウンドデザインにうっとりしながら、生命倫理に迫る重厚なドラマに戦慄を覚えた。

リヨン郊外の豪奢な家で愛妻と暮らす初老の作家シャルル。新作を上梓した彼はテレビ局で「お天気お姉さん」のガブリエルと出会い、娘ほど年下の彼女の美しさにひと目惚れ。ほぼ同時期に、若くてルックスもいい御曹司ポールがガブリエルの前に現れて……。昨年９月に80歳で逝ったヌーヴェル・ヴァーグの巨匠、クロード・シャブロル監督の遺作。20世紀初めにアメリカで起きた事件をベースにしたサスペンス風味のドラマは、ジェラシー、所有欲、執着、未練など愛憎が渦巻く。文字通りガブリエルが体を２つに引き裂かれるというオチが付いたラストはひどく切ない。

タイのアーティスト、アピチャッポン・ウィーラセタクンの監督映画。病を患い死期の近いブンミおじさんのもとに、妻の幽霊が現れる。行方不明になった息子が猿の精霊になって姿を見せる。2010年のカンヌ国際映画祭で審査委員長を務めたティム・バートンは、西洋的になっていく世界の状況と比べて「この映画には、私の見たこともないファンタジーがあった」と賞賛した。日本人が見ると「そんなこともあるかもしれない」ともう少しリアリティをもって感じる人が多いのではないだろうか。表現の自由を奪うタイの政治に抵抗を示すと同時に、人々への寛容さが描かれている。

５人の男を股にかけるOLのチエ（吉高由里子）は、それまで一緒に遊んでいた親友トシコ（杏）の突然の結婚に不意をつかれ、彼氏たちの「査定」を始めることに。中年実業家から年下のイケメンまで、それぞれのメリットを活かしてうまくつきあって"あげてた"つもりが、実際はその逆だったということに気づき愕然となる…。まさに超特急で進むコメディのなかで吉高は小悪魔から傷つきやすい乙女な部分まで演じ分けて魅力が炸裂。大切なものが見つからない焦燥感、喪失感の表現がたまらない。さらに、SAKEROKトロンボーンの浜野謙太と新鋭前田弘二監督もまったく隅に置けない。

両親が営む中華料理店を手伝いながら、パリに去った恋人を想うカイ。電話をするがいつも留守電で孤独が募る中、フランス語の本を読むために通い始めた本屋で店員のスージーに出会う。パリに行きたい彼は知人に金を借り、代わりにあるブツを運ぶことになった……。今は亡きエドワード・ヤン監督の弟子、アメリカ育ちの台湾人監督アーヴィン・チェンの最新作。製作総指揮として名を連ねるヴィム・ヴェンダースの匂いはまったく感じないが、街に点るライトの光が温かい、キュートでポップなラブコメ。はちゃめちゃな夜が明けたら、きらきらまぶしい朝日が台北を照らす。

４つの岸田國士戯曲を映画化したオムニバス。かつて成瀬巳喜男監督も手がけた『紙風船』は、ある夫婦の憂鬱な日曜日を描く会話劇。中村トオル、緒川たまきが演じる夫婦の"夫婦ごっこ"が次第にエスカレートし、思わず"本気"になっていく。他に、高校生の恋心を瑞々しく描く『あの星はいつ現はれるか』、男２人と１人の女の子の関係性を描く『命を弄ぶ男ふたり』、セレブ家族と家事代行として働く美和との愛憎コメディ（？）の『秘密の代償』。江ノ島、鎌倉など風情ある街並を舞台に、緻密で大胆に、美味しく料理されている。東京藝大大学院映像研究科第５期生もまた末恐ろしい。

プ～ンという音と共にやってきて、ひとの頭にプスッと針を刺し、チューッと血を吸う「ちーすい丸」。人気アニメ作家ラレコの新作は、小さな吸血鬼（蚊）とサラリーマンのノブオの攻防をポップに描いたフラッシュアニメ。日本テレビで毎週土曜日11:55から５分間オンエアされているが、全40話を収録したDVDが発売に。蚊がなんでキャラクターになるんだろうと思うが、ノブオのはげ頭にちょこんと乗っている姿も、布団をかぶって眠っている姿も、こ���が意外にもかわいい。ガールフレンドがいたり、ライバルのノミが登場したり、もう脱力しまくり。夏の疲れをこれで癒して。

ローマ帝国崩壊寸前の４世紀末、アレクサンドリア。才色兼備の天文学者ヒュパティアは、弟子たちから慕われていた。その１人に愛を告白されるが、学究に専念したい彼女は拒絶。ヒュパティアに仕える奴隷ダオスも彼女を想っていたが……。2011年の今まさに歴史が動いているエジプトの1600年前の史劇。実在した、史上初の女性天文学者を中心に、語られてきた史実を絡めつつ語られなかった事件に光を当てる。天文学のスケールの大きさと時代を描いたスペクタクルに圧倒されるが、本作の軸は主人を想う奴隷の身分違いの愛。叶わぬ愛に落とし前がつくラストは壮絶だ。

KGB幹部のドミートリはスターリンに呼び出され、反逆罪で処刑されたことになっているコトフの捜索を命じられる。コトフとは１人の女性をめぐる因縁があるドミートリは、複雑な思いを抱きながら彼の足跡を追う……。第２次世界大戦末期、スターリン大粛清下で生き別れた父娘の揺るぎない絆を描いた重厚な大河ドラマ。ロシアの巨匠ニキータ・ミハルコフ監督自らが主演、その娘役を実の娘ナージャが演じている。前作『太陽に灼かれて』の続編だが、なんと16年も経過してようやく完成。３部作の完結編となる新作も準備中とのこと。果たして何年後に観られるだろう？

プリマに大抜擢され、「完璧にやらなきゃ」と自らプレッシャーをかける生真面目な若きバレリーナ、ニナ。交錯する妄想と現実の狭間で強迫観念に苛まれる中、ついに公演初日の幕が上がる。ダーレン・アロノフスキー監督のセンスが遺憾なく発揮され、脚本、演出、キャスティング、音楽、カメラワーク……、すべてに見応え十分。白鳥と黒鳥に象徴されるコントラストもくっきり、追いつめられた人間の狂気をナタリー・ポートマンが体現し、アカデミー主演女優賞受賞。ニナにのめり込み、ラストに訪れるカタルシスまで駆け抜ける109分、身も心も打ちのめされた心地いい疲労感に浸って。

毎日新聞に連載され、TVアニメにもなった西原理恵子の人気コミックが原作。漫画家サイバラと２人の子供たち、そしてアルコール依存症と闘う夫（後に離婚）カモシダの家族の絆を描く。鴨志田穣による自伝的小説がベースの東陽一作品『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』は浅野忠信＆永作博美主演だったが、本作では物語と同様、元夫婦の永瀬正敏＆小泉今日子が演じ、「人生いろいろあるよね」感がナチュラルに醸し出される。サイバラさんのドラマチックな人生を綴った作品は面白いけど、映画化ラッシュでちょっと食傷気味。子役を含めキャストが魅力的で、とてもいい作品ではあるんだけど。

スローモーションのモノクローム映像、その背景でオペラが流れるという、息を呑むようなプロローグ。愛し合う夫婦のベッドの傍らで、幼児が窓から転落。息子を失って精神を病んだ妻に、セラピストの夫が催眠療法を試みる……。毎度物議を醸すラース・フォン・トリアー監督だが、これまたショッキングな暴力及び性描写と、タイトルが示すテーマがカンヌで論争を巻き起こした。長く患っている鬱病のリハビリで作ったという物語には、パラノイア＆フォビアがてんこ盛り。２人きりの濃密な時空間で、みるみる狂気の奈落に落ちていく妻を演じたシャルロット・ゲンズブールの女優魂に拍手を。

キャビンアテンダントのルナは、空港勤務の恋人アマルと２人暮らし。子供を望むが、なかなか授からない。遠隔地にあるイスラム教徒のコミューンでアマルが働き始め、２人の関係が変化する……。長編第１作『サラエボの花』でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞した、ヤスミラ・ジュバニッチ監督の２作目。10代で紛争を経験した彼女は、映画監督という証言者として、この街の女性たちを追い続ける。家族や家���失った傷は簡単には癒えないが、自分らしい生き方を希求する人々を見つめる眼差しが優しい。原題『Na Putu』（＝道の途上）から監督の思いが伝わる。

幼少時から吃音に悩まされてきたジョージ６世。いろいろ試みたが改善されず、内にこもった王の心を、専門家ライオネルがユニークな治療で開いていく……。主人公のモデルは、現在の英国女王エリザベス２世の父でチャールズの祖父。実話をベースに、ユーモアと感動をたっぷり盛り込んだドラマに仕上げている。ラストのクライマックスは、ヒトラー率いるナチスドイツとの開戦前夜、国民に向けてのスピーチ。背後で流れるベートーヴェンの交響曲第７番イ長調Op.92第２楽章Allegrettoはたくさんの映画で使われてきたが、ハートをがしっと鷲掴みにされてしまう。

272日間の原作者の清水久典と妻との、旅路を再現するロードムービー。「保護責任者遺棄致死」という罪で逮捕された男のニュースが流れたのを覚えている。清水はどんな時間を11歳年下の妻と過ごしていたのか。"オッサン"こと久典の三浦友和、末期がんに侵された妻ひとみの石田ゆり子が、ドキュメンタリーのような自然さで夫婦の親密な空気を創りだしている。青いワゴン車で金沢を出発し、鳥取、愛知、静岡、長野と600km、自由気侭な"最後の旅"。たとえ非常識で違法であっても、彼らの深い結びつきと幸せな時間は誰も奪えない。それもひとつの選択なのだ…。

1971年、ニューヨーク。売れない物書きのクリフは、隠遁生活を送る謎の大富豪ハワード・ヒューズのニセ自伝執筆を思いつく。ヒューズからの手紙を偽造し、サインの筆跡鑑定もクリア、大ヒット間違いなしの企画に出版社は沸いたが……。実在の人物による詐欺事件がベースのフィクション。ラッセ・ハルストレム監督が綿密にリサーチし、資料映像も織り交ぜて描いた。服飾、車、街並、音楽など、時代の空気もよく再現されている。金目当てというより、パワーに憧れ、歴史に名を刻みたかった男が、「今年を代表する詐欺師」としてTIME誌の表紙を飾ったのは結果オーライ？

アルノー・デプレシャン監督作品などで知られるフランス人女優ジャンヌ・バリバールの、歌手としての音楽活動にフォーカスし、ポルトガルの鬼才ペドロ・コスタが５年間にわたり追いかけたドキュメンタリー。ライブにリハーサル、レコーディングにレッスンと、さまざまな風景が長回しで映し出される。『ヴァンダの部屋』『コロッサル・ユース』でも異彩を放っていた光と影の操り方が実に巧みで、顔の片側だけに光が当たり、ほの白く浮かび上がるポートレート、暗い部屋に窓から差し込むまぶしい光など、陰影に富んだモノクロームの映像が美しい。ロックからオペラまで幅広くこなすジャンヌが、ぴかっと明るい楽屋でカジュアルに歌う「The Rose」にしびれる。

瀬戸内海に浮かぶ人口約500人の祝島（いわいしま）。65歳以上が全人口の70%を占める島の日常はのどかでストイック、そして笑いに満ちている。しかし1982年、対岸４キロの場所に原発の建設計画が持ち上がったことで、島民たちは引き裂かれることに。人々の暮らしぶりを縦糸に、「原発反対」のアクションを横糸に編んだドキュメンタリー。「都会の人は身の丈以上の暮らしをしている」という老人の言葉が印象的で、遠く離れている私たちに無縁の話ではないと痛感。それぞれが自分の生活についていま一度考えてみようと、島民たちが示唆してくれるかのよう。

原作を読んで、恐山でギターを弾く浄念のイメージがくっきりと浮かんだという加藤直輝監督。映画化を熱望し原作者玄侑宗久に何度も嘆願したという強い想いが映画の隅々に刻印されている。ウツ病の僧侶、浄念（スネオ・ヘアー）は元ロック・ミュージシャン。薬を飲みながら自身のなかに鳴りやまぬノイズと闘う毎日だったが、「音楽」こそが魂と向き合える手段だと思い町でライブをすることを決意。しかし幾多の壁が待ち受けていた…。心象風景の映像化の成功、スネオ・ヘアーや完璧なロケ地となったお寺との出逢いなど"シンクロ"に満ちた撮影だったという渾身の監督デビュー作。

ギリシャ、トルコ、アラブ系と多民族が暮らすアキン監督の故郷ハンブルクが舞台。レストランの経営者兼シェフでもあるジノス（アダム・ボウスドウコス）には問題山積、恋人は上海へ行き、税務署には取り立てに追われ、刑務所から仮出所の兄は何かと問題を起こし、さらにヘルニアで腰が痛くて動けない…、まさに泣きっ面に蜂。しかしある日スカウトした天才シェフの料理が客の心を満たし始め、レストランは音楽に満ちあふれる。これでひと安心かと思ったら…。民族に根ざす緻密でシリアスな路線から一転、軽快でコミカルな作風にした理由は「僕も人間だからね（笑）」。監督の来日会見記事も合わせてどうぞ。

捕鯨禁止で失業、逆ギレしたマッドファミリーが、クジラ見物にやってきた観光客を襲撃。絶海の船内で悪夢の惨劇が幕を開ける……。レイキャヴィク出身、映画祭ディレクターや委員も務めてきたジュリアス・ケンプ監督によるアイスランド初のホラー映画。怖いけど大いに笑えるブラックユーモア＆パロディ満載で、『悪魔のいけにえ』のレザーフェイス、ガンナー・ハンセンと裕木奈江がキーパーソン的な役割を演じているのも見どころ。アイスランド、ノルウェーと並ぶ捕鯨国、日本にも無縁ではないトピックを弄ぶ。『ザ・コーヴ』を観た人はこれも観て、環境問題について考えよう！　なんてね。

原爆投下から12日目、母親と訪れた広島で「入市被爆者」となった李桂先さん。現在はピョンヤン在住の桂先さんと広島に暮らす母親。カメラが２人の老いた女性を交互に追い、日本政府から棄てられた「在朝被爆者」の存在を浮かび上がらせる。圧巻はラストの９分間もの長回し。桂先さんから母親へのビデオレターで、あふれる思慕とともに「具体的な被爆状況が知りたい」という切なる願いがひしひしと伝わる。多くの被爆者がすでに他界していることを考えると、貴重な証言に満ちた本作の重要性がよくわかるし、蓋をされてきた問題の喚起という意味でもチャレンジング。

キアロスタミ監督が母国イランを離れて初めて撮るのは、ある男女間のスリリングな関係。イギリスの作家ミラー（ウィリアム・シメル）はトスカーナの講演会でフランス人女性（ジュリエット・ビノシュ）に魅入られる。講演後、ミラーが帰る夜９時の列車まで、という制限つきでふたりはトスカーナの村を散策し、ひょんなきっかけで「長年つれそった夫婦」のふりをすることに…。フィクションとドキュメンタリーの境界線を意図的に曖昧にするキアロスタミ独特の手法は、今回、本物（の夫婦）か偽物かという"ゲーム"を写すことであえて境界線を露呈させるという斬新さ。オペラ歌手が本業のシメルとビノシュの競演に痺れる。

「ずっと見ていたいと観客に思わせる俳優こそが名優」と浅野忠信を絶賛したのは『座頭市』完成時の北野武監督だった。本作でも、なるほど浅野忠信が声をあてたキャラが出るたび静謐な時間が流れる。木村拓哉、蒼井優を含め「声優を務めた」と表現するだけではない何か、つまり、彼らが「別人生の肉体を得た並行宇宙で楽しんでいるさま」を見届ける事こそが本作の正しい観方ではなかろうか。石井克人の本質（エクストリームでドラッギーでやんちゃで楽屋落ち）が詰め込まれた1本、そしてそれゆえ「趣味趣味自主アニメを贅沢に作っちゃった感」あり。この点で好みが分かれるところだろう。なおDVD＆ブルーレイ化に際し、コレクターズ・エディションには約60分の特典映像が付いた。

戦争で生き別れた元夫リゥが、40年ぶりに上海に帰郷。ユィアーは戸惑うが、夫ルーはごちそうを作って温かくもてなす。思い出に浸るリゥとユィアー。彼女を台湾に連れて帰りたいと言うリゥに「わしは１人で大丈夫だ」とルーは応えるが……。『トゥヤーの結婚』で、ベルリンで金熊賞を受賞したワン・チュエンアン監督が、本作で銀熊賞（最優秀脚本賞）受賞。変わりゆく上海を舞台に、元夫の子供、現夫の子供たち、孫娘ら、思いがけない来客を迎えた家族の複雑な心情が描かれる。３人の主演俳優が出色で、食卓で湯気がほわりと立ち上る料理の数々が名脇役に。

NYの新聞社に勤めるガリバーは、いつか自分も記者にという野心を抱く郵便物の仕分け係。ある日、旅行サイトの記事をパクって『ガリバー旅行記』の原稿を書いた彼は、まんまと謎のバミューダトライアングル取材という大仕事を得る。張り切って大海原に小舟で漕ぎ出したが……。おなじみＪ・スウィフトの名作の舞台を現代に移し、ジャック・ブラック主演・製作総指揮で映画化。原作が大胆にアレンジされ、ギャグにロマンス、戦闘にパロディ、ロックにミュージカルと、なんでもありの大爆笑アドベンチャーコメディになった。言うことなし。しばし日常を離れ、頭を空っぽにして楽しもう。

着任したばかりの新米刑事ホーは、独自の奇妙な犯罪検証を行う刑事バンに出会う。５年後、数々の奇行によりクビになったバンの家を、難事件解決の手がかりを求めてホーが訪ねる。同僚の刑事でもある容疑者コウに７人の人格があると気付いたバンは……。香港ノワールの旗手ジョニー・トーの2007年作品。別人格が見えるイカレ刑事vs.多重人格刑事／容疑者の対決という、突飛なアイデアが楽しい。スーツケースに入って階段を転げ落ちてみたり、穴を掘って土中に潜ってみたり、ラウ・チンワンの体を張った怪演が見もの。ディテールチェックのため、２度見がおすすめ。

日本が誇る温泉地、大分県別府市で2009年に開催された『混浴温泉世界』。町とアートの親密な関係を見せてくれた現代芸術フェスティバル以来、ますますユニークな活動を展開中の別府だが、温泉、グルメ、アートなどなど、町の魅力をふんだんに紹介するフリーペーパー第１号が発行された。ホントに無料？　と思えるくらい、チャーミングな写真と町歩きに役立つ旬の情報ぎっしり、広告なし120ページフルカラーの充実ぶり。この後9月、12月、来年3月に発行されるという。ただいま15000部を配布中。こちらをチェックして、いますぐ１冊もらいに行きましょう。夏休みはこのガイドを片手に別府を旅して。

ロンドンの小さなホテル、独りの生活を楽しむためにやってきた、背筋がピンと伸びた上品な老婦人サラ・パルフリー（ジョーン・プロウライト）。だが、いささかくたびれたホテルの有り様と退屈げな滞在客の様子に意気消沈する。頼みの綱は孫息子の来訪なのだが、一向に連絡も来ない。どうやら客たちは孤独な老人たち、みんな何かを日々待っているかのようだ。そんなある日、サラは路上で転倒、図らずも小説家の卵が駆け寄り…、26歳のルード（ルパート・フレンド）とサラの運命の出逢いだった。以降ふたりは、文学とウィットに富んだ会話を堪能し…。あ～これこそ人生の醍醐味なり。

20世紀初頭のNY、名門大学を卒業したレオニーは日本人の詩人と出会い、共同で文学作品を発表する中で彼の子を身ごもる。それを疎ましく思った詩人は日本に帰国。レオニーは未婚で息子を出産するが、シングルマザーとしての苦難が始まる……。激動の時代、女手ひとつでイサム・ノグチをアーティストに育て上げた母の物語を、『ユキエ』『折り梅』の松井久子監督が脚本も手掛け映画化。本作を観て、レオニーとイサムの波乱に満ちた人生にさらなる興味が生まれたら、監督がインスパイアされたドウス昌代著『イサム・ノグチ　宿命の越境者』を読んでみて。

小学生の女児に叶わぬ恋心を抱く中年男。見知らぬ女性の部屋への侵入を生き甲斐にする男。愛する母親を亡くして何も手につかない男……。まえけんこと芸人の前田健が著した同名の小説を、まえけん自身が脚本を手掛け初監督した。花の名称がタイトルになった９つの短編から３篇をピックアップし、人とは違う愛に苦悩する男たちの葛藤をオムニバスで描く。世の中には多種多様な人間がいて、多数決では負けだとしても、それぞれが愛おしい存在なのだという、���トレートなメッセージが伝わる。マイノリティの孤独な男たちを見つめる眼差しがひどく優しい。

日本の初期ビデオアート代表作と、アメリカ東海岸の最重要リソースであるEAIのコレクションから構成された同名の上映会が日米で行われた。このDVDでは日本の作品に絞り、3つのテーマのもと16作品を収録。即時性と加工性を得たビデオという新メディアに飛びついた若き芸術家の肖像。彼らの仕事は実験映画とメディアアートをつなぐものであり、このように概観できるのは非常に意義深い。何よりもその自由闊達さが見ていて楽しくなる。グレン・フィリップス（キュレーター）による、今なお日本人が好むアプローチ"画像中の画像"考察や、バーバラ・ロンドン（キュレーター）による70年代日本の映像表現事情など、読み応えあるブックレットも付属。黎明期は全盛期!?　アイデアに詰まった時は、「新しさの古典」に触れてみよう。

2008年、サーフィンと登山を愛するアメリカ人青年、ジェフ・ジョンソンがパタゴニアに向けて出発する。それは、patagonia創業者イヴォン・シュイナードと、その友人でTHE NORTH FACE創始者ダグ・トンプキンスが1968年に南緯180°を目指した伝説の旅のトレース。大冒険の途上で彼は、美しく雄大な風景に心を揺さぶられ、人とふれ合い、産業化のツケとしての環境汚染を目の当たりにする。観る者も同時に40年前の旅の追体験をしながら気付く。進み、登って到達することだけが冒険ではなく、そこに至る道のりが冒険であり旅なのだと。

ウェディングドレスでジェットスキーにまたがり漢江を疾走、大立ち回りを演じるスジ。変装して捜査中の彼女は、国家情報員として産業スパイを追っている。しかし、恋人ジェジュンはスジの見え透いたウソと怪しい行動にうんざりして別れを告げ、留学に出発。３年後に男子トイレで再会した２人は……。ワイヤーアクション、マーシャルアーツに007風味も漂う、お楽しみ要素てんこ盛りのラブコメ。コメディエンヌぶりが板に付いたキム・ハヌルと、日本でも人気のカン・ジファンがテンポよく笑わせてくれる。ディテールが可笑しいので、隅々までお見逃しなく。

刑務所で獄中出産したジョンヘ。DVに苦しみ夫を過って殺害してしまった彼女は、服役しながら合唱団の活動に精を出す。しかし子供の養育は18ヶ月と定められていて、愛する息子を養子に出す日が迫っていた……。韓国唯一の女子刑務所が舞台の、実話ベースのドラマ。わかりやす過ぎるほどイージーなストーリーなのに、どうにもこうにも大泣き。「難病で死ぬ」話には辟易するけど、この手の話にはとことん弱いわたし。ジョンへと息子のエピソードのほかにも、国民の母ナ・ムニが演じる死刑囚と娘のエピソードなど、泣かせ要素てんこ盛り。ハンカチは２枚用意して。

20年間音信不通だった父親の訃報を受け、静かな山村にやって来たヘグク。死因解明のため村に滞在することに決めたが、村長はじめ奇妙な村人たちには、彼にひた隠しにする秘密があった……。オリジナルにこだわってきたカン・ウソク監督が、韓国を席巻したウェブコミックに惚れ込んでメガホンを取った。原罪とカルト、閉塞的なコミュニティでの殺人事件を盛り込んだ物語は現在と30年前を往来する。特殊メイクで老人に扮した村長役チョン・ジェヨンの演技が驚異的で、ヘグク役パク・ヘイルとの対決が見どころ。161分の大作だがまったく飽きさせない。