美しい海辺にある実家にカナダから帰省したキャリアウーマンのオドレイ（マリナ・ハンズ）は、女医の母（カトリーヌ・ドヌーヴ）とどこかうまくいかない。母は母親としての迷いがある。母の母親、つまり祖母は若くして子供たちを置いて失踪。そのことが母のトラウマとなっていた。オドレイもまた母になることを躊躇するのだが、偶然見つけた祖母の日記に秘密が。果たして祖母はどんな思いで家を出たのか…。50年代のフランス、女の自立がまだまだ困難な時代に自立を目指した祖母の血は、確実に母へ、そして娘へと受け継がれる。そうして女が強くなるほどに、男はどんどん柔になる？

天才F1ドライバーのレース中の壮絶な事故死は残酷すぎる現実だった。だれの目をも釘づけにする超絶なドライビングテクニック。愛らしい笑顔と憂いの表情を持つブラジルの星は世界を熱狂させた。そんなレーサーの華麗なるデビューからドキュメンタリーは始まる。華やかな舞台の裏で、F1の"政治"が彼にどんな影響を与え、傷つけたのか。失意の底からふたたび世界一に返り咲いたとき、表彰台でマグナムボトルを握れないほど全身が痺れていた。永遠のライバル、アラン・プロストとの"闘い"の熾烈さだ。ブラジルの葬儀で、柩を最前列で支えるプロストの姿…。現実はドラマを遥かに越えている。

他人と関わりたくないオタクのレイだったが、母が亡くなり、引きこもりの兄モーリー、大学生の妹リサ、そして "ばーちゃん"と同居することに。個性的な３兄妹と英語が通じない祖母。最初はぎくしゃくしていた関係に少しずつ変化が訪れ、言葉を超えたコミュニケーションが生まれる……。ほっこりあたたまる作品を作り続ける荻上監督のミューズ、もたいまさこが祖母役。無表情で寡黙なのに相変わらずの存在感。３兄妹を演じるカナダ人俳優たちもそれぞれチャーミングでネコも名演技を見せる。タイトルにまつわる切ないエピソードは、見てのお楽しみということで。

１時間2000ドルの高級エスコート嬢チェルシーは、クライアントが望む理想の恋人であるべく、自分を磨くプロフェッショナル。理解のある恋人とNYの高級マンションで暮らしているが……。ブロックバスターも手がけるスティーヴン・ソダーバーグの、26歳のデビュー作『セックスと嘘とビデオテープ』に回帰したかのような愛すべき小品。22歳のアメリカNo.1ポルノスター、サーシャ・グレイが、チェルシーをナチュラルに演じている。台本にはセリフがなく、俳優たちの自由な会話から言葉を抽出したそうで、08年秋の撮影ゆえ大統領選と金融危機の話題がリアル。ドキュメンタリータッチの躍動するカメラワークも監督によるもの。NYのホットな場所と人々の息づかいが映し出されている。

軍事政権下で報道の自由が制限されているビルマ（ミャンマー）。07年9月の反政府デモの最中に、ヤンゴンで活動していた長井健司さんが至近距離から撃たれた映像など、閉ざされた国のリアルな姿をハンディカムで隠し撮りし、海外メディアに向け密かに無償配信する「ビルマ民主の声」。本作は、若きビデオジャーナリストたちが撮った映像と再現映像で構成されている。自国の自由を希求し、死の恐怖と隣り合わせで真実に迫る若者たちが、生き延びて民主化実現の日を迎えてほしいし、無関心ではいられない。いち島国のいち地方のイルカ漁告発映画じゃなくて、こっちにオスカーをあげたかった。

なによりもアートそのものが存分に語る。「アートがあったから、安保の映画を作ろうと思った」と話すリンダ・ホーグランド監督。「'60年日米安保闘争とは何だったのか」を、タイムリーに問い直す。当時、人々はなぜ激しく抵抗したのか、そこで何が起きていたのか。日本人が思いきり踏み込めない核心へもサクッと切り込んでいく。会田誠が語る"複雑な思い"をはじめ、石内都の米軍基地写真の話、嬉野京子の沖縄の米軍による事件現場のこと、串田和美のデモ経験談、さらにティム・ワイナーのCIAと政党の関係話なども織り込む。日本の未来を考える上でも、見るしかない！

長らく幻だったアフリカ系音楽の祭典の記録が35年ぶりに復活。1974年、中部アフリカのザイール（現コンゴ民主共和国）の首都キンシャサで、モハメド・アリの伝説的ボクシング試合直前に開かれた音楽祭『ザイール'74』。出演は、米国のジェームス・ブラウン、B.B.キング、クルセイダーズ、セリア・クルース等のスター勢、アフリカから現地のフランコ、タブー・レイ、南アフリカのミリアム・マケバ等の著名歌手陣。米国の撮影隊が収めたJBやアリの喋り、混乱する舞台裏、街の様子等を含む貴重で膨大なフィルムが１本の映画になった。鮮烈な映像は実に圧倒的。

グッチのディレクターを辞任後、自分のブランドを立ち上げるよりも早く、映画会社フェイド・トゥ・ブラック（「Fade to Black」は画面が徐々に闇黒へ移行していくという意味の映画用語）を設立したトム・フォード。初監督作品『シングルマン』は評論家の川口敦子氏が指摘するように、キューバ危機が起きた1962年のアメリカ─「"ドレスアップ"を究め得た最後の時代」「メロドラマの術が機能した最後の時代」（TIFF TIMESから引用）という節目を舞台にしている。ここにパートナーを失い自殺を決意した主人公ジョージの、最期となるはずの一日を追う物語が重なる。映像はフヘンテキな既知の題材と感動をなぞらない。色そのものが温度と質感を持ち、雄弁に人物の感情を、時に観る者を笑わせながら語っていく。ある時間の幅の中で光が捉えた色。その色が熱を帯び、豊饒に膨らみ続ける人物のドラマ。『シングルマン』の光（が捉える色）は映画の魔術そのものだ。原作はミュージカル『キャバレー』のもとになった『ベルリン物語』の著者でもある、クリストファー・イシャーウッド。ジョージと、かつての恋人で親友のチャーリーとの関係性は、『キャバレー』の異邦人クリフとサラを思い出させる。自身が濃厚に投影されたキャラクターたちの在り方は、フォードの私的な告白を目で聴くようで興味深い。

上京して５年目。５つ目の職場。５人目の男と付き合う23歳の佐和子。「どうせ私は中の下」と自分に言い訳しながら、たいくつな日々をやり過ごしているが、父親が倒れ、実家のしじみ工場を切り盛りすることに……。ユニークな監督たちを輩出してきた大阪芸大出身の若き奇才。卒業制作『剥き出しにっぽん』がPFF2007グランプリに輝き、PFFスカラシップで制作した本作でメジャーデビューの石井裕也だ。日常の中のおかしさを抽出し、悲劇さえ笑い飛ばすポジティブさ。逆境で開き直ってふんばる満島ひかりがとことん愛おしい。監督＆女優の結婚というミラクルにつながった記念碑的作品。

新潟県の片貝町で毎年９月に行なわれる伝統の「片貝花火」。人々は花火にそれぞれの思いを託す。震災後の片貝町の実話をベースにした物語は、歯切れよく、兄妹愛を丁寧に描く。明るくて潔い、花火のような性格の妹ハナ（谷村美月）とは対称的に、引っ込み思案で転校先になじめず、心を閉ざしてしまった兄の太郎（高良健吾）。病気上がりの妹に叱咤激励されながら、自分の部屋から社会へ、なんとか一歩を踏み出す兄だった。そんな彼が妹のために花火師の厳しい世界へ飛び込んでいく…。話はちょっとベタだけど、絶好調の高良はまたも適役。弱さに秘める強さを演じたらいま最強の人。

母親と暮らす12歳の少年オスカー。隣室に引っ越してきたエリは真冬なのにいつも薄着で、「だいたい12歳」だという。いじめられっ子のオスカーは謎めいたエリに惹かれ、交際を申し出るが……。美しい銀世界が広がるストックホルム郊外を舞台に、ブロンドの美少年と黒髪の美少女の初恋が繊細に綴られる。が、エリは生き血を吸って200年も生きているヴァンパイアだった。２人の交流に心を揺さぶられ、映像美と音楽が琴線にふれる。さらに、ゾクッとするホラーなカットに震え上がり、シリアスなのになぜか笑えたりもするという、各種要素が盛り込まれた極上のエンタテインメント。

化粧っ気がなく地味で、他人に関心がないヒロコは、ひとり暮らしのOL。そんな彼女を癒すのは、顔も手足もない男性型人形「トルソ」だった……。ドキュメンタリーのカメラマンとしてキャリアを積み、是枝裕和作品などで撮影を担当してきた山崎裕の監督デビュー作。コペンハーゲンのポルノショップで35年も前に見たトルソから着想を得たとか。撮影と脚本も手がけていて、真夏の湿度や汗ばんだ肌のにおいも伝わる繊細なカメラワークはさすが。渡辺真起子と安藤サクラが演じる異父姉妹の交感がフレッシュに描かれている。今年71歳の新人監督の次回作にも大いに期待！

公務で入手したLOTOが１等の大当たり！　当選したら全額寄付すると公約していたキム大統領は、悩んだ末にある決断をして任期満了を迎える。後任のチャ氏は小さな息子を育てるシングルファザーで、史上最年少の大統領。腎臓のドナーになってほしいという男が現れ、移植手術をすることに。引き継いだハン氏は、韓国初の女性大統領。トラブルメーカーの夫は妻のために離婚を切り出す。幸せでない私が国民を幸せにできるだろうか？　大統領の決断は……。昨年の釜山国際映画祭でオープニングを飾った話題作は、チャン・ジン監督らしいウィットが利いた青瓦台（大統領官邸）コメディ。人間味あふれる３代の大統領を描き出している。

オーナーシェフとして、夫と一緒に小さなレストランを切り盛りする涼子。店で発生した食中毒がきっかけで家に引きこもるようになった彼女は、過食症に苛まれている。夫に当たり散らし、ついに家を出て友人宅に転がり込んだが……。日本映画に不可欠な名バイプレイヤーの渡辺真起子が涼子を、一度見たら忘れられないユニークな風貌の山本浩司がその夫を演じる。このふたりが夫婦!?　と思ったものの、ぐつぐつ煮詰まった行き場のない葛藤、どうしようもないもどかしさがリアルに伝わってきた。本作で劇場デビューとなった山岡大祐監督のまなざしが優しい。

「ミファソラシー」という透明な女声で身も心も解き放たれ、午睡に誘われてしまいそうな１曲目。「Si」という１語で、無限の宇宙を想起させる７曲目。国内外で評価される気鋭の作曲家が手掛けたソロアルバム第４弾は、エレクトロニカとアコースティックの融合で、なんとも流麗かつ幻想的な世界が次々に立ち現れる。どこまでも伸びやかに高く飛び立って、はるか上空から地上を見下ろすかのような音楽のレイヤーには、かつての幼い日を思い出すような懐かしさもあり、未来を予期させる得体の知れない神秘性もある。心地よい音楽に身をゆだね、しばし幽玄な時空間への旅を楽しもう。

“はつり”と呼ばれる壁の解体作業をしているケンタ（松田翔太）とジュン（高良健吾）は同じ養護施設育ち。ケンタは、兄カズ（宮崎将）に恨みを持つ先輩の裕也（新井浩文）の陰惨な厭がらせに耐えかね、ジュンと一緒にあるものを破壊、奪った車でカズのいる網走刑務所へと向かう。偶然ふたりに付いて来たカヨ（安藤サクラ）もまたよるべない存在。３人の絶望と渇望の旅のゴールはどこに…。大森立嗣監督は、汚れや痛みにフタをした上っ面だけの“癒し”やキレイ事の世界を拒絶、“人生を選べない人”の生と死に光をあてている。松田の新境地がとりわけ頼もしい。

離婚して幼い娘を連れて出戻ったなおこは、美容室を切り盛りする母親と３人で暮らし始める。海辺の小さな町でたくましく生きる近所のおばちゃんたちと幼なじみたち。あけすけなコミュニティだが、なおこには秘密があった……。『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』『クヒオ大佐』に続く、吉田大八監督の長編３作目。原作者サイバラさんの出身地高知が舞台で、土佐弁が荒っぽくもあったかい。辛いことがあっても大泣きして、やがて笑い飛ばせる。そんな女たちの姿を、ダイナミックな風景を織り込みながら生き生きと活写。ほろっとさせるラストも沁みる。