「エリザベス女王の親戚で米軍特殊部隊パイロット」と名乗る整形鼻の結婚詐欺師はジェット機のテープを流し「今クウェート上空デス」と電話さえしていた。逮捕時（80年代）に写真誌で見たその顔はごく普通の初老男性だったことを覚えている。彼を心底信じようとする女性たち…そう、この映画は純愛映画なのである（ただし片思い）。ラスト近くで、虚実の境界を自由に行き来する彼の内面が表現されるくだりは圧巻。なんと「実在の人物をモデルにした創作」だそうで、結局どれが実際に使われた手口かは観客には不明のまま。まさに虚実ないまぜの１本である。

孤独な男を慰める空気人形が、ある朝「心」を持って歩き始める。目に映る風景は新鮮そのもの。レンタルビデオ店でアルバイトを始めた彼女は、店員に恋をして…。わずか20ページの短編漫画を是枝裕和監督が映画化。空気を内包する人形と空虚を抱く人間たちの交感は、生きることや愛することの意味を示唆する。ネコのようにくるくる変わる瞳が印象的な韓国の人気女優ペ・ドゥナが人形役で、すらりと伸びた手足���たどたどしい言葉使いが雰囲気たっぷり。月島・佃界隈の情緒までをも瑞々しく映し出す、台湾の撮影監督リー・ピンビンのカメラワークが冴える。

1966年のイギリスに民放のラジオ局はなく、BBCラジオがポップスをかける時間は１日45分だけ。もっと聴きたい！　そんなリスナーのニーズに応えるため、沖に停泊する船でロックをかけっぱなしの海賊ラジオ局「ラジオ・ロック」が登場。クセ者ぞろいのDJたちがノリノリでレコードを回し続ける船に、高校をドロップアウトしたカールがやってきて…。イギリスらしいブラックユーモアあり、ラブロマンスあり、政府によるラジオ局つぶし工作あり、『ポセイドン・アドベンチャー』ばりの海難ありと、てんこ盛り。もちろん主役は60年代ロックの名曲たちだ。

荒野で炎に包まれるトレーラーハウスのカットから、舞台は寒々しい海辺の町へ。洒落たレストランできびきびとフロアを仕切るシルビアは、私生活では行きずりの関係を重ね、自傷行為にふけっている。ある日メキシコ人の男が現れ、彼女の過去が次第に明らかに…。『バベル』の脚本家ギジェルモ・アリアガの初監督作品で、なんと構想15年。時空を超えて宿命に翻弄される母娘の心象風景を編んだ緻密な構成と、主演にシャリーズ・セロン、母親役にキム・ベイシンガーを迎えた名女優の競演が見どころ。心がひりひり痛む物語だが、再生を感じさせるラストに希望あり。

組織のボスに届ける荷物を古いボートに積み、韓国から独りで真っ暗な海を渡るヒョング。日本の浜辺で迎える亨は「ヨボセヨ（もしもし）」と挨拶する。そんな日常が繰り返されていたある日、荷物が行方不明に…。妻夫木聡とハ・ジョンウという、日韓演技派俳優の競演がきらめく本作は、韓国サイドからの『ジョゼと虎と魚たち』の脚本家、渡辺あやへのラブコールから始まったという。昔はこんな風に自由に往来していたに違いない、海で結ばれている両国合作の必然性を感じる物語で、じっくりと練られた脚本はさすが！　妻夫木くんの韓国語のうまさにもびっくり。

チャーミングなルックスとあふれる知性、あたたかいハートを備えたイナは誰からも愛される人気者。無類のサッカー好きという共通項で、彼女と親しくなったドックンは、すっかりとりこに。結婚に興味ゼロのイナの自由恋愛を容認しつつどうにか結婚にこぎ着けたが、妻となったイナの口から「好きな人ができたから、彼とも結婚したい」という提案が飛び出して…。原作は韓国でベストセラーになった同名の小説。新しい愛の形、なんていうにはあまりに奔放すぎる妻の姿は、日本男児の目にどう映るのでしょう。韓国で姦通罪が過去のものとなる日も近い？

『スターウォーズ』シリーズのヨーダの声、『セサミ・ストリート』で人気キャラクターを担当、『リトルショップ・オズ・ホラーズ』の監督…紹介だけで文字数を超えてしまいそうな天才、フランク・オズの葬式コメディ。ありとあらゆる笑いの影には悲劇が潜み、ありとあらゆる親族に振り回されるハワードの弱気な薄笑いには、おばさんのような気力が隠れている。そして故人の一番濃い秘密を握って式場にやってくる、唯一のよそ者。対立する二面がぶつかって生まれるうねりを一つに調和しながら進行していくという、古典喜劇の香りいっぱいの作品だ。

姉のローズは小学生の息子を抱えるシングルマザー。実家で父親と暮らす妹ノラはバイトをクビになってばかり。そんな人生からまわりの姉妹が立ち上げた「サンシャイン・クリーニング」は、殺人や自殺の現場専門のお掃除ユニットだった……。『リトル・ミス・サンシャイン』の製作チームが再集結した本作。笑いあり、涙あり、ホラー風味もある脚本が秀逸で、最後は爽やかな風が心を吹き抜ける。ショーン・ペンの兄、マイケル・ペンが手掛けたクールなサウンドトラックも発売中。『リトル～』が気に入った人なら堪能できること間違いなし。

気が置けない友人たちと酌み交わしたいときに、いつもお世話になるアダン。オーナーの河内一作とチャーミングなスタッフが笑顔で迎えてくれるこの名店が、三田の裏通りにオープンして10年になるという。厨房を担い、気の利いた肴でもてなしてくれる料理人、せっちゃんこと藤村節による和え物のレシピ集が発売に。どうやって作ってるんだろうと思っていた、その謎が本書の中にぎっしり詰まっている。せっちゃんの味を完璧に再現するのは無理だとしても、トライしてみたい。一作さんのコラムも満載なので、アダンのファンなら一家に１冊。お店で買えます。

約１年半、極寒の地で越冬する８人の観測隊員の人間模様。男所帯のモサい基地生活でのささやかな楽しみは、やっぱりおいしいごはんの時間。調理担当として実際に任務についた西村淳のエッセイをもとに、“シティボーイズに憧れた”という新人監督の沖田修一が、ナンセンスユーモア満載、笑わせながらもホロリとくる人間ドラマに仕立て上げた。ラーメンがないと落ち着かないタイチョー（きたろう）はじめ、シャワーの水を使い過ぎる主任（古館寛治）とか、わがままだけど人間味たっぷり、どうにも憎めない。え？　堺雅人の華麗な料理姿にうっとりしすぎ…？

密室にパジャマを着た妙な男がひとり、必死に脱出を試みている。哀しいかな、四方八方白い壁、どこにも出口はない。ただし、壁からニョキリと現れる“しんぼる”から、次々に「お題」が提示され、彼は瞬時に“正しい”反応をしなければならないようだ。しかしトラップにはまったように部屋からは出られない。疲れ果てた頃、ひとつの扉が反応する…。舞台はメキシコに始まり、突如、白い部屋へ移動、さらに次のステージへと進みつつも、メキシコの話はパラレルに続いていく。自ら脱出男を演じる松本の企みは成功するか、不発に終るか…？　危うさも含めて魅力がある。

四川省成都で軍事工場として設立された「420工場」。この巨大国営機関が半世紀の歴史を閉じるにあたり、解体される工場を背景に、労働者たちがそれぞれの記憶をたどり思い出を語る。ジャ・ジャンクー監督が１年かけて約100人にインタビューしたという。そのドキュメンタリーと、インタビューを元に作られた脚本で俳優が労働者を演じるドラマが溶け合い、挟み込まれるイェイツの詩など各種の“うた”が物語に色彩を添える。「歴史とは、事実と想像の混合物」と監督。新作を見るたび「これぞ代表作」と思えてしまう、ジャ監督の力量には毎回びっくり。

セルビアの山奥でおじいさんと暮らす少年ツァーネ。「都会で嫁探しをしてこい」と言われた彼は、おじいさんとの約束を果たすために大奮闘！　さっそく見初めた美しいヤスナにアプローチするのだが…。巨匠エミール・クストリッツァの新作は、ぐるぐる渦巻きあり、落とし穴あり、空飛ぶスーパーマン（？）ありと、日本のバラエティ番組も顔負けの、何でもありのドタバタコメディ。監督率いるノー・スモーキング・オーケストラのメンバーでもあり監督の息子でもあるストリボリが音楽を担当し、“ウンザ・ウンザ”サウンドでド派手に盛り上げる。

1974年の京都。仏教系高校１年生でボブ・ディランに心酔する純は、待望の夏休みを迎え、同級生２人と隠岐島へ出発！　そこは「フリーセックスの島」のはずだったが…。みうらじゅん原作、田口トモロヲ監督という、『アイデン＆ティティ』コンビによる、ゆるい笑いが満載のほんわか青春映画。純の両親を演じるリリー・フランキーと堀ちえみがいい味わいで、峯田和伸（銀杏BOYZ）と岸田繁（くるり）もはまり役だが、オーディションで2000人から選ばれた主演の渡辺大知が出色。全編に散りばめられた大友良英作曲の歌も聴き逃しなく。

「誰も思いつかなかった背を伸ばす方法は？」「2180年の子どもたちが食べている駄菓子は？」「ミシュランが星を10個付けたトイレは？」などのお題に漫画で回答し、その面白さで得点を競うトーナメント戦。おおひなたごうの呼びかけて集った売れっ子漫画家たち、いしかわじゅん、しりあがり寿、辛酸なめ子らが参加し、阿佐ヶ谷ロフトＡで08年と09年に開催された伝説の大会を収録したDVDが発売に。初回限定で全出場者13人が描き下ろしたカラー20ページの「ギャグ漫画家大喜利BOOK!!」も封入されているので、ファンならお早めに！

ニューヨークの郵便局員の男が起こした不可解な殺人事件。男はなぜに突然、窓口に来た客を射殺したのか？　場面は、第２次世界大戦真っ只中のイタリア、ナチスの攻撃に苦しむトスカーナに飛び、現代の事件につながる驚愕の「謎」が解き明かされていく。“奇跡”の中心人物、少年アンジェロ（マッテオ・シャルボルディ）の神秘的な存在感。そこに本能的に惹かれた米軍黒人兵士、トレイン（オマー・ベンソン・ミラー）が少年を助けたことから運命が動き出す…。人間の潜在能力を信じる、つまり、想いは叶う、そこに希望を託すスパイク・リー監督。理想郷はきっとある…？

極寒のカムチャッカ沖で蟹を獲り、船内の工場で缶詰にする蟹工船。故郷を離れ地獄のような環境で働く男たちを、鬼監督が容赦なくムチ打って酷使する。おなじみ小林多喜二の、搾取する側／される側の攻防を描いた群像劇。原作に惹かれてSABU監督がメガホンを取った。ユニークなアレンジが効き、閉塞感たっぷりの船のセットは劇場に見えるし、映画にしてはやや暑苦しい空気はミュージカルを観ているよう。男たちがそれぞれ貧乏自慢を語り、生まれ変わるならと裕福な家庭をイメージするシーンはコントそのもの。でも、しばらくカニは見たくないかも。

ドラマ『ハゲタカ』では、メガネをかけた大森南朋さまのあまりのクールなカッコよさに、南朋さまの近作映画『フィッシュストーリー』では、「かみさん、出てっちゃってな」とさみしくおっしゃる男やもめっぷりに、「今すぐ後妻に入りたい」と、私、キュン死いたしました。映画版『ハゲタカ』は「私を買収して」「私のホワイトナイトになって」と危険なつぶやきをしながら観たみなさま（含・私）、待望のDVD発売です。しかし私のもっぱらの関心事は、「ハゲタカがこの先どの企業を買収するか」よりも、このDVD発売直後の1月21日に、南朋さま主演『新　痴漢日記』DVDも買っちゃおうかしら、ということです。ああっ、悩ましい……！