当初のダビーなアンビエントからビーツがいろいろな意味でだんだん「固まり」、少し行き詰まりそうに見えていたモノレイク。そこからどう抜け出すか、その見事な答えは12月に出た新作にある。ジャケットに機械的・抽象的なモチーフが多い彼（ら）の作品の中で、今回の雪の風景は妙に温かく感じ、中身は決して「沈黙」ではないが、近年の2、3作に比べて落ち着いている。といっても、特徴的でもあったストイックなリズムパターンから脱出したからこそ、突発的な要素を取り入れる新たな自由からは今までで最も驚きと発見の多い、平穏感と緊張感のバランスが魅力的なアルバムが生まれた。

かつてワールド・トレード・センターのツインタワーの間を綱渡りした男がいた。これは1974年に実際にあった話。ツインタワー建設のニュースを知ったフランスの大道芸人フィリップ・プティは工事中の現地への偵察を何度も重ね、地上411メートルの空中散歩への道を探ってゆくが…。実現に至るまでの紆余曲折、そして２つのタワーの間を行き来し���45分間が彼と彼の周囲の人々にもたらした変化の大きさが、人生には淡々と過ごしている時間とは全く違う種類の濃厚で代わりの効かない時間が流れ得ることを教えてくれる。お金でも権力でもない、身体ひとつで都会の空に一歩を踏み出すプティの姿は危うく、そして美しい。

私たちの体はトウモロコシで出来ている？　そう言われてもにわかには信じられない。でも、大学を卒業したばかりのイアンとカートの愉快な２人組が真剣に、しかもユーモアたっぷりに取り組む１年間の「トウモロコシ作り」の、“ほぼ”ドキュメンタリーを観るうちに、じわじわとその真意に気づいて、愕然となる。巨大な食料生産システムのなかに組み込まれているという構図。「安いから」と食べてると、とんでもない体が出来てしまうという恐怖。それをアーロン・ウルフ監督はじつにセンスよく、わかり易くみせてくれる。たとえ日本にいても安心は禁物だ…。

フランス唯一の騎手・厩務員を養成する国立寄宿学校内部に初めてカメラが入った。華やかなレースで活躍する騎手を目指し入学してきた、まだあどけなさが残る14歳の少年たち。馬が最優先される“異世界”を前に、身を引き締める。落馬しても、怖くても、懸命に馬と対峙する毎日。早々と騎手としての才能を現す子、ちょっぴり女の子に興味を抱く子、内気だけど静かに情熱を燃やす子…。生き生きとした彼らの表情が愛しく美しい。厳しい訓練に耐えて卒業しても、ほんのひと握りしか騎手になれないという過酷な現実。それを踏まえての教育方法も興味深い。

高校時代からの恋人ソフィアと結婚し、誰もがうらやむ幸せな生活をスタートしたリミニ。しかし結婚12年目に突然の破局が訪れる。リミニは新しいパートナーとの生活を始めるが、喪失感に苛まれたソフィアはどこまでも執拗に元夫の前に現れては、常軌を逸した行動に出る…。原題は「過去」。『蜘蛛女のキス』のヘクトール・バベンコ監督がガエル・ガルシア・ベルナルを主演に、過去を清算できない狂気の愛を描く。ガエルの監督デビューとなった『太陽のかけら』DVDは12/25にリリース予定。２本まとめて観れば、ファンはもうおなかいっぱいだね。

パリ郊外のイル・ド・フランス。母エレーヌの75歳の誕生日を祝うため、３兄妹の家族が久しぶりに集う。画家だった大叔父のアトリエ兼住居にひとりで暮らすエレーヌは、自分が死んだらその家も美術品もすべて売ってほしいと言うのだった…。オリヴィエ・アサイヤス監督が家族の絆と記憶をテーマに、開館20周年のオルセー美術館の全面協力を得て作り上げた。ジュリエット・ビノシュらキャストも光っているが、コロー、ルドン、ドガなどの美術品がひしめくアトリエと、夏の陽射しが降り注ぎ、豊かな緑の陰影が美しい庭が主役級の存在感を放つ。

國仲勝男は山下洋輔トリオにたった３年間在籍しただけで「伝説の人」と語られてきたベーシストだが、今年７月の洋輔トリオ復活祭に、なんとギタリストとして登場して話題を呼んだ。このアルバムはその２日前の異色のライブを収録したものだ。電子楽器オンド・マルトノ奏者の原田節(たかし)との初顔合わせが凄い。國仲のギターはすでにギターの奏法ではなく、オンド・マルトノも出しうる音色を惜しみなく放出。さらに、林栄一のサックスと星衛のチェロが加わり「複雑系」のような即興に仕上がっている。ヨーロッパのフリーの香りがする１枚。

海辺の町で祖母と暮らす陽人は、まるで子どものような農業青年。幼稚園の町子先生と両思いになりたくて、キャベツ畑に首まですっぽり埋まってみたり、進化するために農薬を浴びてみたり。挙げ句、心臓が止まっても生き続けるのだが…。『ジャーマン＋雨』で注目を集めた横浜聡子監督が、故郷の青森で同郷の松山ケンイチを主演に迎えて撮ったメジャーデビュー作は、前作を凌駕するユニークさ！　最初は津軽弁がきつくて字幕が欲しいと思ったが、奇妙さゆえ（？）言葉はさほど気にならなくなる。奇想天外な物語に彩りを添える大友良英の音楽にも耳を澄まして。

１日に２億も３億も稼ぐデイトレーダーの拓郎は、妻の輝美、息子の拓也とド派手な豪邸に暮らしている。ある日、拓也が交通事故に遭い、息子の携帯にかかってきた恋人からの電話を受けた拓郎は、思わず拓也のふりをする……。息子の不在を通して変化していくハチャメチャ親父を演じる役所広司。本作は役所の主演作であると同時に初監督作でもあり、彼自身が幼少時に出会ったガマの油売りの口上をモチーフに作られた。今はいないけれどかつて存在した、私に連なる人々を懐かしく思い出すような、今となりにいる人をぎゅっと抱きしめたくなるような温かな作品。

「つるとかめ」での活動も注目される民謡の歌手、木津茂理が「子守唄」をテーマにミニアルバムを作った。伝統に深く根ざしつつも常に新鮮で現代的な響きを求めてやまない木津は、子守唄の本来もっていた多義性や豊かさを損なうことなく、その可能性を大胆に拡げてゆく。特にM１の「竹田の子守唄」のひとりアカペラコーラスは素晴らしい。翳りのある低音によって支えられるハーモニーが妙なる響きを形作り、私たちに彼女の「ジャパニーズ・ヴォイス」が辿ってきた果てしない旅の行程を、そして到達した高みを示してくれるのだ。

Raster-Notonのコンピ第３弾は、５月にポルトガルで行われたフェスティヴァルの際に制作された『Frame.Sync』の国内盤だ。１曲目はいかにもこのレーベルらしく、やや飽きたパターンなので、それ以降も新しさをあまり期待しなくなるが、２曲目ですぐに目覚める。レーベルカタログの中で最もファンキーな曲じゃないか！　その後、クリック系からドローン系、ダビーなアンビエント、サイケな電子ロック（？）まで幅広く、このレーベルにはもう新しさがないと思うなと言わんばかりの新鮮さ。最後の４曲はさすがに疲れるタイプの音楽なので、10曲の後（約50分経過）にいったん休憩することをすすめる。

小説『悲しみよ こんにちは』で鮮烈な文壇デビューを飾り、「天才少女」として脚光を浴びたフランソワーズ・サガン。世界各国でベストセラーになった同作で当時約364億円の印税を稼ぎ、富と名声を手中に。取り巻きに囲まれ、華やかで知的な生活を享受する一方、いつも孤独に苛まれていた彼女はドラッグやギャンブルに溺れていく…。誰もが知っている作家の、18歳のデビューから69歳の死までを描く。書かずにいられない！　そんな衝動ともがきを抱えつつ疾走した作家の半生を知るにつけ、かつて読んだ名作の数々を今一度読み返してみたくなる。

インドのスラム街で育った少年、ジャマールが『クイズミリオネア』に出演、次々と難問に正解していく。まともな教育も受けていない彼が、なぜ答えを知っていたのか…。『トレインスポッティング』のダニー・ボイル監督と『フルモンティ』の脚本家、サイモン・ビューフォイがタッグを組み描いたのは、体を張って懸命に生きることの難しさと価値。貧困に負けず、大切な女の子への愛を胸いっぱいに生きるジャマールのまっすぐな瞳に「次の問題も当たりますように、大金とインド版みのもんたに潰されませんように…」と、心から祈りつつ、「知識で大金を得たい時は、やっぱり地道に教養が必要よね」なんてことも、あらためて感じちゃう２時間。

新興宗教の教団が運営する施設で動物の世話をする河原崎（柄本佑）。独自の美学を持ち、泥棒稼業に勤しむ黒澤（堺雅人）。不倫相手とお互いの伴侶を殺害しようと企む京子（寺島しのぶ）。リストラされ、家族にも去られた豊田（板尾創路）。４人の１日が交錯し、１つの物語ができ上がる。売れっ子作家、伊坂幸太郎の同名の小説が原作で、東京芸大映像研究科第３期生の真利子哲也、遠山智子、野原位、西野真伊がメガホンを取り、４人のエピソードをそれぞれ監督した。企画から配給宣伝まで学生主導で進めたという。日本映画界を担う若き才能をいち早くチェック！

FSB（ロシア連邦保安庁）の元幹部、アレクサンドル“サーシャ”・リトビネンコ氏が亡命先のロンドンで毒殺されたという衝撃的なニュースからまもなく３年。いまだ未解決の“暗殺事件”から５年前に溯り、 自身や家族を危険に晒しながらも、渦中の人物にカメラを向け続けていたのはアンドレイ・ネクラーソフ監督。プーチン政権とFSBの腐敗を内部告発していたサーシャほか、重要人物とのインタビューを重ね、結果的に（残念ながら）貴重この上ないドキュメンタリーが出来てしまった。犯人探しは続くが、人々の心に潜む“無関心”こそ真の犯人ではないかと問う。

シリアとイスラエルに挟まれたゴラン高原の小さな村。アマルは複雑な気持ちを抱えながら、嫁いでいく妹モナの世話をやく。ロシア人と結婚して勘当された長兄、イタリアで暮らす次兄も帰国。久しぶりに家族がそろい、父と息子は和解する。しかし、込み入った情勢に翻弄される村民には国籍がなく、花嫁が軍事境界線を越えると故郷にはもう戻れないのだった。分断された家族が境界線を挟み、拡声器で叫び合う姿も。書類が承認されず、行ったり来たりを繰り返す国連スタッフ。そんな姿を尻目に、決意を持って歩き出すモナとアマルの表情が清々しい。