ドイツのトルコ系移民２世のファティ・アキン監督。ふたつの国にまたがる３つの物語をレイヤーのように重ね合わせ、人と人を隔てる壁、つなぐ絆、希望の光を、独特の視点でみごとに浮かび上がらせる。息子を男手ひとつで育てあげ、余生を娼婦に入れあげる父。そんな父にそっけない息子。娘のために娼婦としてドイツで出稼ぎをしている母。その母の苦労も知らず反政府活動に夢中な娘。さらには、正義感に燃え、友人のために命を落とす娘。それを理解できずに苦しむ母もいる…。憎しみを乗り越え、ゆるし合うことができるのか。人間のコアな課題に迫る。

被爆した廃墟カテドラルの写真からはじまる、渾身のドキュメンタリー。終戦から13年後、保存運動にもかかわらず、撤去された浦上天主堂の廃墟の謎を追う。当時の関係者の証言、資料を綿密につなぎ合わせ、浮上する大国の周到な心理作戦。国際文化交流を名目に組織された「USIA」の真の役割や、保存派市長の心がわりに背筋がゾクッ。もし、日本有数のクリスチャンコミュニテ���ーの丘に聖なる被爆遺構を望めたなら、世界に対して広島以上の影響力があったのかもしれない。いまは知ることで、手放した未来への基軸を取り戻したい。

ビートルズの全録音記録を日付順に調査したEMI公認データブック。1987年の原書刊行以来、世界中のプロ・アマ問わずビートルズについて語る際の座右の書だったが、この20年で未発表曲のリリースや新事実の開示もなされたため、さすがに改訂を要する状態だった。本国版ですら為されていないこの作業を日本版で成し遂げたその監修者は、RT寄稿家の宮永正隆氏。原書の小さな図版をルーペであたり著者の誤記すら訂正したその完成度は、我が国のビートル偏差値を象徴する。リマスターを楽しむガイドブックとしても最適の大著。

印章彫刻師のジン（オダギリジョー）と服飾デザイナーのラン（イ・ナヨン）。まったく接点のない男女が、“お互いの夢と現実が交差する”というシュールな現象に引き寄せられ、やがて悲劇的に愛し合う…。荘子の「胡蝶の夢」からインスパイアされたという奇想天外なストーリーと奇抜な演出。全編日本語で通すオダギリの、韓国キャストの演技のテンションとの温度差が気になり、“眠らない”という苦行に挑む表情には唖然…。なんて言いつつも韓国伝統美術を生かした色鮮やかな映像に目を奪われ、やっぱりギドクワールドにズルっとハマってしまうのか？

ベルギー国籍ほしさに、ドラッグ中毒のクローディと偽装結婚したアルバニア移民のロルナ。いつか同郷の恋人と一緒にバーを開きたいと、そのための苦労ならいとわない。国籍を得たら即離婚し、ロシア人と再婚して報酬を得るはずだったが……。密かな夢の実現のため、したたかに生きてきたロルナが、偽りの結婚生活の終わりに芽生えた愛情をきっかけに変化し始める。その繊細な心情のゆらぎを、ベルギーの巨匠ダルデンヌ兄弟がしっかりと描写。音楽を排除した作品で知られる監督だが、本作ではエンドロールで流れるベートーヴェンのピアノソナタが印象的だ。

心臓病に冒されたピエール。姉のエリーズはシングルマザーで、ソーシャルワーカーの仕事と育児に追われている。彼らの向かいの部屋に住む、美しい学生レティシア。彼女を恋いこがれる学者のロラン。その弟で建築家のフィリップ。パリのそこかしこで人が出会い、別れ、すれ違う。『猫が行方不明』のセドリック・クラピッシュ監督の新作は、パリの住民たちそれぞれの人生が交錯する群像劇。どこにでもありそうな日常のエピソードは、彼らと同時代を生きる私たちの物語かもしれない。映し出される街の表情を見るにつけ、愛すべき街パリへの思いが募る。

映画＆笑いを愛しすぎるあまり、監督デビュー作は敢えて青春物だったKERA。確かに彼の演劇世界ではそれもまた重要なジャンルだが、真骨頂はコメディのはず。だからこそ（盟友・大槻ケンヂの依頼とはいえ）２作目も青春物となっていた状況は歯がゆくもあった。しかしこの３作目にして遂にKERA印の映画の誕生である。根底に流れるのはモンティ･パイソンのDNA。手法やシステム全体をも破壊する笑いは三谷幸喜コメディとは対極の在り方だ。勝手知ったる名優たちがずらり脇を固める光景も感動的である。我が国のコメディのもうひとつの水準を体感せよ。

寒い地方の小さな町で、独身のラース（ライアン・ゴスリング）は、兄夫婦に心配されるほど殺風景な毎日を送っていた。しかしある日、インターネットで注文した“リアルドール（ビアンカ＝ブラジル系美人）”を連れてきて「僕の彼女」と真顔で紹介、兄夫婦を唖然とさせる。人とのつきあいは苦手だが、ドールとならうまくいく。そんなラースをどうしたらいい…？　どう見たって奇妙な“カップル”を、嫌ったり無視したりすることなく、不思議と受け入れる町の住人たち。その度量とやさしさに感動！　やがて雪解けのように、ラースの心に柔らかな変化が…。

ラヤールは不倫の恋に振り回され、ニスリンはフィアンセに言えない秘密に苦しんでいる。女優志望のジャマルはオーディションに落ちてばかり……。恋愛や人生に悩む女たちが集い、親密なおしゃべりで綴られていく物語はさながらベイルート版『SATC』だが、NYでも東京でも考えがたいイスラム教徒ならではのエピソードも。中東では砂糖水とレモン汁を煮詰めて冷ましたものを脱毛に使うという、甘酸っぱいタイトルの謎もおもしろい。全員しろうとのキャストをまとめあげ、監督・脚本・主演に挑んだナディーン・ラバキーの才能と美貌にくらくら。

スペインの人気歴史小説（レベルテ著）が原作。無敵艦隊が敗れ、衰退していく17世紀のスペインを舞台に、国王フェリペ４世に仕えるひとりの傭兵アラトリステ（ヴィゴ・モーテンセン）の波乱に満ちた愛と戦いの生涯を描く。渦巻く権力争いと陰謀に翻弄されながらも“義”を通す孤高の剣士の姿。「宮本武蔵かもしれない」とモーテンセンがたとえるように“サムライ魂”を感じる。女優との一途で純粋な不倫の恋や、亡き戦友に代わって育てているイニゴと王宮の女官との恋愛もスリリング…。まるでベラスケスの絵画のような美術や衣装も見応え十分！

「生涯の１本」と形容される作品も、観る者の年齢や国籍に左右される場合が多い（たとえば『フォレスト・ガンプ』に心底感動する人は、アメリカ人かつ団塊の世代だろう）。しかし本作は「80歳で生まれ若返る主人公」を通して、すべての人にこれまでの人生を振り返らせ将来を想像させる。独力で育った者はおらず、恋をせぬ者などなく、老いぬ者はいないからだ。どのシーンも心の深い部分を揺さぶる３時間弱。自分自身を俯瞰で見つめ、新鮮な気持ちで人生を味わい直す体験ともいえよう。生涯でこのような１本にあと何作出会えるか楽しみだ。

チラシの裏の、海辺の写真に惹かれた。撮ったのはアヴィジットというカルカッタの少年らしい。カルカッタの売春窟を取材するフォトジャーナリストのザナ・ブリスキが、そこで暮らす８人の子どもたちに写真を教えるドキュメンタリー。写真を通じて、現実を見据えながら、美しいものを見つけ、自信を得ていく子どもたちの姿が胸を打つ。彼らが宿命から抜け出す最後の手段は、芸術と学校。８人すべてが助かったわけではないが、アヴィジットは現在NYの大学で写真と映画を学んでいるそうだ。映画には、全員を救うまでの力はない。けれど、たった一人でも、人生を変えるきっかけをつくることはできた。Kids with Camerasの活動にも注目したい。

マーティン・スコセッシが文字通りストーンズに“光を当てた”本作。これまでの音楽ドキュメンタリーの常識を打ち破る躍動感と臨場感で、まるでオーディエンスの１人としてその場にいるような気分にさせてくれる。彼らが20代のころのお宝インタビュー映像も挿入されるが、あくまで主役はライブそのもの。こぢんまりしたビーコン・シアターに流れる濃密な時間を、縦横無尽に駆け巡るカメラが、演奏を邪魔することなくとらえている。監督のストーンズ愛が感じられ、ファンはいうまでもなく、特にそうでなくて楽しめること請け合い。