『帝国オーケストラ』とともに、ベルリン・フィル創立125周年記念で上映された本作。2005年に行われた３週間に及ぶアジアツアーを舞台に、北京、ソウル、上海、香港、台北、東京という各都市の表情をとらえつつ、オーケストラの構成員である演奏家それぞれの横顔をインタビューで綴る。楽屋やホテルの部屋でとつとつと語られるのは、「音楽がなければコミュニケーションを取れなかった」なんていう、かつて苛まれていたコンプレックスの話など、メンバー個々の等身大の悩みや想い。躍動感と臨場感たっぷりの映像と音楽にわくわくさせられる。

かつて西部劇に子役で出演したおやじたち、メルとフレッドが遭遇し、撮影現場でひどい目に遭わせてくれた脚本家をやっつけようと意気投合。娘の車を借り、LAからアリゾナへのロードムービーが始まる。9.11の報復になぞらえて「正義、石油、復讐！」を連呼し、自己正当化するふたり。熱い映画トークを展開しつつ、ガス欠を繰り返し、レッカーされ、ようやくたどり着いた珍道中の果てに待っていたものは？　モニュメント・バレーの壮大なランドスケープを背景に映し出される、イギリス人監督アレックス・コックスのブラックユーモアに思わずニヤリ。

脳腫瘍で記憶を失っていく弟とのコミュニケーションのために、ダンスに目覚めた少女が主人公。幼くして表現を「義務」と自覚しつつ、そのカタルシスも覚えた昴は、逆境に追い込まれるほど力を発揮する天才であり、プロ意識の高い無類のエンターテイナーの資質をもっていた。天才のダンスの再現という困難な課題に、奇跡的な成果を上げた前篇『昴』に続き、本作も徐々に盛り上がってきた。ダンスがダメなら、それで（人生は）終わり、とデビュー前に覚悟した、10年に１度のキャラクターがどのように動いていくのか、今後も目が離せない。

主婦３人が殺害された事件の裁判に、裁判員として選ばれたネットカフェ難民の主人公が、自ら死刑を求める同い年の引きこもりの被告人に自身を重ね、裁判員制度に戸惑いや興奮を覚えつつ、人が人を裁くことの過酷さを実感していく。嫌がらせという「集団の悪」と殺人という「個人の悪」のどちらが重大かを争点に、各登場人物の人生を徐々に明かしながら、５日間の公判がミステリーのように進む。最後は謎解きに傾いてしまったきらいがあるが、同制度の闇のなかに一筋の光を見せるとともに、死刑判決の危うさを分かりやすく描き出している。

新世代のブックコーディネーターとして、様々な場、スタイルでの活動を試みてきた著者のアイディアブック。タイトルに表れている通り両Ａ面の仕様で、表紙はそれぞれ本を素材とする美術家飯田竜太郎と施井泰平の作品。片側から読めばこれまでの「プロジェクト・ノート」と「本のメルマガ」などでつづってきたテキストが、反対側からは本の仕事という枠組みを超え、独自に考えてきた仕事をつくり出す工夫が詰め込まれている。書中でも紹介されているが、言わばこの本のあり方そのものも彼のプロジェクトであり、本稿にピンときた方には必読。

KENJI KUBOTA ART OFFICEによる映像アーカイブシリーズ第１弾。『横浜トリエンナーレ2001』において、室井尚と共に全長50mの巨大なバッタ型バルーンを出品するなど想像力あふれる作品の数々を生み出しているだけでなく、魅力的な教育者でもあり、社会との「ラディカル・ダイアローグ」を模索し続けている作家。本人はもちろん、彼と重要な仕事をしてきた河本信治（京都国立近代美術館）、南條史生（森美術館）、宮島達男（アーティスト）、森司（水戸芸術館）ら関係者への丹念なインタビューを巧みに構成して、その世界観を明らかにしている。

結婚式の前日、科学者ドロスの陰謀で魂を抜かれ、孤島の屋敷に軟禁された美貌の歌姫マルヴィーナ。機械仕掛けの演奏人形を調律するため屋敷に招かれたピアノ調律師フェリスベルトは、ドロスの企みに気付き、哀れなマルヴィーナを救い出そうとするが…。パペットアニメの鬼才ブラザーズ・クエイの新作は、実写ベースの幻想譚。兄弟をリスペクトするテリー・ギリアムが製作総指揮を担当した。実写がメインとはいえ、カタカタ動くローテク人形と、さびついたような、カビ臭いような、ホコリっぽいような空気も健在なので、クエイ・ワールドを堪能できる。

アメコミで有名な出版社マーベルは、大手映画会社へキャラクター使用権を認可する方法を改め、自ら映画製作を手がけ始めた。その事業第１弾のひとつが本作。巨大軍事企業社長で天才発明家がテロ組織に拉致された際にパワードスーツを開発し…要するにエリートだが自堕落なおっさん（！）が自らの過失を悟り、知力と財力と科学技術で悪に立ち向かう話。まずは、さらなる展開を予感させる続編の壮大な予告編とも言えるだろう。一部を例外にアメコミ映画は日本ではヒットしないと言われるが、この英雄像はどう受け入れられるのだろうか。

坂本龍一は「越えた」アーティストだ。国境もジャンルも越えているが、ポップスが「民間の声」だとしたら、それも越えた坂本は「地球の声」となった。人が自然の代理としてものを言うというおこがましい主張もまた越えて、本作では自然の声をそのまま聴かせてくれる。なんていうとちょっと大げさで、一応「音楽」なんだけど、本人とさまざまなゲストがフィールドレコーディングに付け加える音は、地球の声への貢献あるいは装飾に過ぎない。最初はやや退屈だが、微妙なnoiseの中の本音が聞こえてきた瞬間にすばらしさが全貌を見せる。

1987年、民主化運動たけなわの北京で大学生のホンとウェイは出会い、激しい恋をする。愛するあまりふたりは擦れ違い、運動の嵐に吹き飛ばされるように、別れ、旅立つ。“現実”に晒され、自由を渇望する若者たちは果たしてどこへ向うのか…。学生時代、自ら天安門事件を経験したロウ・イエ監督。恋人たちの儚い想いに同期させるように、渦中の高揚感や、喪失感を切なくリアルに描いた。中国ではいまだタブーな話題を扱い、さらに過激なセックスシーンもあり。国内の上映禁止、監督は５年間表現活動禁止という痛い処分を喰らったという問題作だ。

1974年冬、22名のダンサーが集まり、まずいワインを横に自分の打ち明け話をした。それを収めたテープとオリジナル版の映像、再演版オーディションの現場を、この舞台に関わった人々の話で繋いでいく。物事の限界や否定的な思考を、無理に肯定的なものに変えない彼らの言葉。そこにこそ生じる力は、邦題のようにおなじみの微温な言葉の陰に、ずっと隠れてきた。原題を『EVERY LITTLE STEP』（どんな小さな一歩も）というこの作品は、何もかも不確かで結果をごまかせない世界に足を踏み込んだ人たちの力強い足跡を、ろう長けた人の話芸のように魅力的に伝えている。

ロケ中から興味津々だった話題作がいよいよDVDに。NYのミシェル・ゴンドリー、パリのレオス・カラックス、ソウルのポン・ジュノという、個性あふれる奇才が東京を舞台に撮った贅沢な３編のオムニバスである。それぞれが選んだモチーフは、自分の居場所を探す若者、マンホールから出現した謎の怪人、10年間ひきこもりの男と三者三様で、なるほどそうきたかとニヤニヤ。世界各国の人々が本作を見てどんな感想を持つのかも気になるところだが、東京に暮らす私たちがこれを見て街に一歩出てみたら、すっかり見慣れた風景も新鮮に映るかもしれない。

楳図かずおの古典的怪奇漫画を、Ｊホラーを支えてきた監督と脚本家が、女の美醜への執着の恐ろしさを描くドラマとして映画化。超越的な語り手だったはずのおろちが後半、魂が抜けたように流しで歌う佳子として現れると、謎めいた作品世界のリアリティがさらに増し、それによって重厚で豪華な美術を背景にした女優たちの壮絶なバトルがいっそう輝く。「なぜこうなったのか」ではなく「こうなるしかなかった」という運命を並々ならぬ気合いで説き、論理の飛躍も含めて構造化したような１本。それにしても木村佳乃がこれほど素晴らしいとは。

民芸によって発掘された津軽のこぎん刺しでも南部の菱刺しでもない、青森の「ぼろ」。寒冷地で綿花の栽培ができず、かつ江戸時代の青森の藩政下では農民が綿を着ることが禁止されていたため、麻を栽培して織った布を農作業着や布団に仕立て、寒さをしのぐために麻布を何枚も重ねては縫い、傷んではつくろってきたのだという。これを集め，保存してきた田中忠三郎氏のコレクションをまとめたのが本書。世に評価されていない美を発掘する小出由紀子と都築響一との編集技で、一見おしゃれなテキスタイルブックのように仕上がっている。それだけにラディカルだ。

渋谷慶一郎率いるATAKからPan SonicのMika Vainioのソロアルバムがリリースされた。CDショップの「音響」コーナーに、耳あたりはいいが骨のない草食アンビエントが増えつつあるなか、彼そしてATAKらしいソリッドかつ３次元的な広がりのある高密度なサウンドを聴かせてくれる。ポスト・クラフトワーク的なポップなサウンドと、静寂な電子音響のコントラストも美しい。このCD、恐ろしくHi-Fiなサウンドなので、できるだけ良質の再生環境で聞いて欲しい。MP3化できない音楽もあるということだ。

売れない小説家、真木栗勉（西島秀俊）は、なりゆきで官能小説を書くことになってしまい悶々とする。そんな折、見つけたのは古い木造アパート自室の壁の「穴」。そこを覗くうちにあらぬ世界に妄想が膨れ上がり…。『狼少女』で注目を浴びた深川栄洋監督。鎌倉を舞台に、自然の美しさを生かしたしっとりとした映像美で、夢とうつつを行き来する妖しい世界観を官能的に映し出す。「穴」にとり憑かれ病んでいく男を、真顔でサラリとユーモラスに（アクロバティックに）やってのける西島が妙に可笑しい。やがて狂気じみていく“覗き見男”の正体はなんと…！

再開発で取り壊されることになったレンタルビデオ店の店員マイク。店長の留守中、トラブルメーカーの親友ジェリーが電磁波を浴びたせいで、すべてのビデオの中身が消失されるというトラブルが発生。だったら自分たちで作ってしまえということで、自作自演のリメイク映画を店に並べたところ大ヒット！　ふたりは作り続けるが…。オムニバス『TOKYO!』の記憶も新しいミシェル・ゴンドリー作品。次々に生み出される、名作のチープリメイクが見もので、そうこうするうちに町中が映画作りに参加していく過程には、監督の映画愛が垣間見えて微笑ましい。

無差別殺人犯、坂口（豊川悦司）が、逮捕の瞬間に見せた異様な微笑。たまたまテレビでそれを見た孤独なOLの京子（小池栄子）は、「この人は私と同じだ」と、見ず知らずの、社会を拒絶する不敵な男に激しく惹かれていく。弁護士（仲村トオル）に頼み込み、獄中の男に差し入れを続け、ついに獄中結婚へ…。死刑囚との狂気と紙一重のような愛に走るイタい女。演じる小池は、妄想する女の凄みに純粋な可憐さを共存させ、憎めない。万田邦敏監督と妻の珠美がミステリアスに練り上げたオリジナルストーリーは、衝撃の“接吻”で驚きの結末を迎える。

級友の願いにより、ひとりだけ事故死を免れた代償に、人助けをしなければ腐ってしまう運命を背負った画家志望の少年ピカソが主人公。特殊な力をもつ主人公が周囲で起きる難題を解決するという少年誌の王道のパターンだが、他人の心の闇を瞬く間にスケッチブックに描き、その中にダイブし、悩みを読み解いていくという設定がユニーク。壮大な建造物のように構築されるシュルレアリスム的な鉛筆画の美しさ、それを物語につなげていく手腕に毎回、唸らされる。美術を志していた古屋兎丸ならではのテーマが少年マンガに昇華された秀作。

約１年前のイベントのDVD化。ってことは、小さいスクリーンで観ながら会場にいるのを想像するしかないという制約。本作は、オペラといっても、テーマはあるがストーリーがなく、内容に関する想像力がすでに試されているから、どっちかというと（目を閉じて）音に集中したほうが効果的かも。音源はCDに入っているが、DVDは本場の体験に近い5.1chサラウンドミックスなので、5.1対応の環境さえあれば、高橋と多彩な共演者たちによるミニマル〜クラシック〜エスニックなライブが十分に楽しめ、あらゆることを想像できる。映像も非常にきれいなのでたまには観てほしいけど。というか、また上演してほしい！

幼児売春、人身売買、臓器売買…。い���この瞬間もアジアで起っているおぞましい現実がある。日本の新聞社のバンコク支局記者、南部（江口洋介）は、臓器密売に関わるネタを追いかけるうち、日本人夫婦が病気の息子のために求めている臓器は、生きたまま子供から取り出されるという真相を知り、驚愕する…。事実に基づく梁石日の小説が原作。デリケートなテーマゆえに、阪本順治監督は出演するタイの子供たちの心に細心の注意を払うなど、苦心の末、サスペンスフルに映画化した。日本人も加害者となりうるこの問題、目を逸らさずに見てほしい。

“キルドレ”と呼ばれる不老の子どもたちが操るプロペラ機によるドッグファイトが、人々が平和を実感するために繰り返され、テレビ中継されている世界。ある基地に配属されたキルドレのユーイチは、女性司令官スイトに惹かれていくうちに、キルドレの宿命を知ることになる……。台詞は控えめ、物語は恋愛を軸に展開する。脚本を若手の女性に任せたことによって、押井監督の新境地が生まれたのかもしれない。繊細な音響処理、シンプルに仕上げられた地上のシーンと対照的に過剰なまでに緻密につくり込まれた空のシーンがさすが。

研究中の事故により、心拍数が上がると怪物ハルクに変身してしまう科学者ブルース。彼はその体質の軍事利用を企む将軍から逃れながら、謎の科学者と連絡を取り、治療法を模索する。前半はブルースの恋人を巻き込む逃亡劇。一方、打倒ハルクに燃える軍人が将軍に促され、薬の投与により超人へと変貌すると、後半は怪物対怪物の様相に……。悲しい運命を背負ったヒーローの物語だが、余計なことを考えずにアクション映画として楽しむべき１本。脚本は主演のノートンがすべて書き直したが、彼自身はもっと重厚な人間ドラマにしたかったとか。

橋口亮輔監督が『ハッシュ！』から６年の沈黙を破って作り上げた最新作。編集者の妻（木村多江）と靴の修理工から法廷画家に転職した夫（リリー・フランキー）の10年を、1990年代の社会的な事件をからめて描いた。どこにでもいそうな、ごく平凡な夫婦の七転八倒の物語なのだが、演じるふたりがナチュラルで、それぞれの役柄によくはまっている。また、法廷に登場する被告たちに扮する片岡礼子、加瀬亮、新井浩文らの鬼気迫る演技も見応えあり。既婚未婚関係なく、当たり前の日常や隣にいるひとを大事にしたいとしみじみ思えてくる、愛おしい傑作。

売れない画家の人生が乾いたタッチで描かれるが、その痛々しさは次第にエスカレートし、監督自身が登場する後半は、いよいよ壮絶な展開に。とくに、寄り添うことを決意した妻の扱いは多少ぞんざいであっても──というか、ぞんざいなだけに笑えるのだが、ひとり娘の扱いは常軌を逸していて恐ろしささえ覚える。画家になる夢を持つのは幸せなことなのかもしれないが、持たされるのはやはり悲劇に思えてならない。それにしても、自身の身体だけでなく、これだけの数の自作をカメラの前に差し出した監督がいただろうか。

『週刊少年マガジン』での初連載「1・2の三四郎」の６年間を小林まことが振り返る。個性的な編集者とのやりとりも印象的だが、手塚治虫、ちばてつや、藤子不二雄ら巨匠たちがそろう同誌上で、ともに一時代を築いていった同世代の仲間との交流の場面がとくに忘れがたい。本作は過酷な週刊連載に文字通り命を削るように取り組み、その後、志し半ばで去っていった大和田夏希と小野新二の２人に捧げられている。それにしても「神様!!　オレはいつ死んでもかまいません　ただ今週号だけは仕上げさせてください」ってどんな覚悟だろう……？

舞台は1915年のロサンゼルスの病院。映画の撮影中に大ケガをしたスタントマンのロイが、木から落ちて骨折した５歳の少女アレクサンドリアに出会い、入院中のベッドでおとぎ話を聞かせる。この物語が入れ子になって現実の世界と交錯し、めくるめく魔法の時間が訪れる。構想26年、世界遺産13ヶ所を含む世界24ヶ国以上で撮影に４年を費やしたという、ターセム監督入魂の作品。ダイナミックなランドスケープ���背景に、石岡瑛子が手掛けたコスチュームが舞い、１編の詩のような、１幅の風景画のような、夢のように美しい世界を見せてくれる。

1990年にボストンの美術館から盗まれて以来、いまだ誰も観ることができない絵画『合奏』の行方を追いかける探偵ハロルド・スミス。ドキュメンタリーは探偵を“探偵”している感覚を味わえたりも…。もの腰の穏やかな老紳士だが、有象無象の情報のなかから熟練の嗅覚で真実を見極め、高額の報償金がかかった事件の真相に迫る姿は迫力満点。観るものを虜にし、その希少価値の高さからテロリストにまで狙われるフェルメール。絵を守るのか、犯人逮捕が先か…。FBIとの駆け引きもあり、捜査は一筋縄ではいかない。いったい絵はどこにある!?

吉祥寺に住む売れっ子漫画家の麻子。長年かわいがってきた猫を亡くし、漫画が描けなくなってしまった彼女の家に、子猫のグーグーがやってくる。やんちゃな子猫との新しい暮らしに癒され、すべてうまくまわり始めた矢先、麻子は突然倒れてしまう……。大島弓子原作の同名のエッセイ漫画を、犬童一心監督がメガホンを取り映画化。すっかりいい女優になった小泉今日子はもちろん、脇を固める上野樹里、森山中、加瀬亮などキャスティングが魅力的で、吉祥寺の象徴として楳図かずお先生もカメオ出演。細野晴臣による音楽もコミカルで楽しい。

ドラマーのジマニカとの（余計な）コラボを経て、膨大なピアノ・エレクトロニカ作よりはるかに抜きん出る新作で本領を発揮しているAmetsub。コンピューターから出ているピアノの音なのか、ピアノから出ているコンピューターの音なのか戸惑うほど自然に絡み合う電子音と有機音。そして圧倒的に美しく、かつその厳密な構成から気を散らさせないような、出しゃばらないメロディとリズム。「大好きです」とコメントを寄せた坂本龍一の新作（3/18発売）と同様、制作の背景に恐ろしいほど似た「北の旅」という経験があるとか。教授の新譜もますます気になるが、これじゃずいぶんいいものを出さないと負けちゃうよ。

アメリカ人フォトジャーナリストの夫をがんで亡くした坂田雅子が、その死因がベトナム戦争時の枯葉剤“エージェント・オレンジ”だったのではと疑念を抱き、ベトナムへ赴く。そこで彼女が出会ったのは、今もなおダイオキシンを含む枯葉剤がもたらした被害に苦しむ人々。重度の障害を持つ子どもたちとその家族の姿を真正面からとらえ、まだ終わっていないベトナム戦争の悲劇を映し出す。すぐれた社会派ドキュメンタリーであると同時に、映画を撮ることで最愛の夫グレッグ・デイビスへの想いに決着をつけたセンチメンタルなレクイエムでもある。

2008年の興収No.1はダントツで『崖の上のポニョ』の154億円。若い世代の洋画離れが進み、邦画は活気づいているようにも見える昨今だが、実際はどんな問題を抱えているのだろう。キネ旬総研が企画編集を手掛けた本書は、邦画の輸出、アニメや漫画などコンテンツの海外リメイク、韓国やハリウッドとの協同製作、経済産業省の方針など、日本映画を取り巻くフレッシュな話題を盛り込みつつ、さまざまな角度から現況を検証する。副題は「世界で勝つために知っておきたいコト」。プロフェッショナル映画人必携、業界で働きたい人も必読の書。

失業中の男が妻とその連れ子とともに、年老いた両親の住む実家に帰省。姉一家も加わり、15年前、海で他人の子どもを救い、身代わりに死んだ兄の命日が、賑やかに過ぎてゆくのだが……。ドキュメンタリー的手法で有名な是枝監督による、とくになにも起きないが、滑稽さと残酷さがかいま見え、最後まで目が離せない家庭劇。舞台は夏の太陽に照らされる海辺の丘や年季の入った家屋。ときに相手がさだかでなく、ときに聞き取りが困難なことさえある、アドリブのような短い台詞の端々に、家族だからこそ言える／言えない思惑が入り混じる。

湖畔の家に暮らすグラントとフィオーナは、結婚44年目の睦まじい夫婦。ある日フィオーナに認知症の兆しが表れ、平和な日常に影を落とす。グラントの躊躇を顧みず、自ら老人介護施設へ入所したフィオーナだが、面会に訪れた夫が誰なのかわからない…。アトム・エゴヤンが製作総指揮を担当し、彼の秘蔵っ子で、『死ぬまでにしたい10のこと』などで知られる女優のサラ・ポーリーが脚本・監督を手掛けた。お互いを思いやる老夫婦の心のひだを、20代でここまでビビッドに描けるものかと驚愕。雄大な雪景色などカナダの美しい自然にも心をゆさぶられる。

掲載誌休刊により終わった『SUGAR』で、期せずして訪れたデビュー戦の挫折を克服した天才ボクサーが、その続編となる本作では、傲岸不遜で軽薄な振る舞いゆえに、ごく少数のものにしか理解されないものの、カリスマ的な魅力を放つ問題児として登場。２つの世界戦の攻防を高密度に描くだけでなく、天才の孤独と悲哀と葛藤に迫る希有な作品として注目された。が、どこまで連れていってくれるのかという期待は唐突に外された感も否めない。最終回掲載誌の巻末には「謝罪と感謝を込めて、またいつか。」という作者コメントが残された。

エストニア人の奇才音楽家、パスタカスの3rdアルバム。テクノっぽいジャケットと、新曲のほかリミックスと再編成した曲も収録ということからエレクトロニクスを重視した内容を推測するが、実際はまったく逆だ。母国のフォークロアとジャズとエレクトロニカを組み合わせる手法は相変わらずだが、歌ものが増えてメローでラテン、ときにはバロックな雰囲気が今回の特色。様々な楽器を弾き・吹きこなす腕に大きくうなずかされるが、そのSquarepusher（彼のアイドルだという）的な狂乱ぶりが数曲にしか効いていないのがやや残念。限定制作なので欲しい人はお早めに！

22歳でナチス親衛隊に入隊し、ドイツ占領下のフランスでゲシュタポとしてユダヤ人を迫害。戦後は米軍情報部の工作員としてスパイ活動を行い、ボリビアへ亡命後、ゲバラ暗殺計画にも携わったという。戦中・戦後に世界をまたにかけて暗躍した男の生涯を、『ラストキング・オブ・スコットランド』のケヴィン・マクドナルド監督が映画化。彼の娘や関係者へのインタビューを盛り込み、人柄を浮き彫りにしている。ひとりの男が怪物化し、最後は戦犯として獄死。彼を狂わせた大きな力とはいったい何だろうか。いろいろ考えさせられる秀逸なドキュメンタリー。

伝説のバンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのルー・リードが1973年に発表したアルバム『ベルリン』。ドラッグや同性愛など時代のデカダンな薫り漂う一大叙事詩を、2006年のNYでルーがライブパフォーマンスとして発表。親交の深い美術家で映像作家のジュリアン・シュナーベルが舞台セットを担当し、ドキュメンタリーを作った。緑がかったライブ映像とルーがギターで弾き語るストーリー、ステージの背景に映し出される映像（監督はシュナーベルの娘ローラ）がからみ合い臨場感が再現されているが、やはりライブを生で観たかったねぇ。

奇病の蔓延のために男の数が激減し、女将軍と女人禁制の大奥が当たり前になった８代将軍吉宗の時代から始まり、春日局と３代の家光の時代にさかのぼり、この「奇妙な」制度が確立される過程と、それに翻弄される男女の愛憎劇を描く作品。一見突飛な設定だが、当時の政策や法、事件を無理なく組み込み、もうひとつの江戸時代を史実のように立ち上げた歴史絵巻となっている。人物造型はもちろん、小さなアクションに大きな心理の動きを凝縮し、男女の機微を的確に捉える手腕がいつものように冴えている。台詞回しや着物も美しい。

『全景1955-2006』は、夥しい作品数と夥しいスタイルとで、多くの観客を圧倒し、少なからぬ業界人の眉をひそめさせた。アート界では、あまりにも多岐に渡る手法を用いる者は、侮蔑や無視の対象になることがあるのだ。『既にそこにあるもの』の続編に当たるこのエッセイ集は、テーマこそ多岐に渡るものの、文体は一貫して正統派。とはいえ、そこは大竹だから行間には剣呑な空気が流れ、ときにひりひり焼けるような一節がある。業界とは対照的に自身を支えてきてくれた若い世代への、温かいまなざしも印象的だ。

昨年の来日公演も記憶に新しいタラフ・ドゥ・ハイドゥークスをはじめ、ルーマニア、マケドニア、スペイン、インドから集まった６組のジプシー・バンドの北米ツアーを追ったドキュメンタリー。彼らがともに音楽を作ってゆく過程に加え、故郷での生活も描かれ、個人としての魅力が垣間見られる。ジプシーとして生きる者に共通の悲しみや複雑な事情はジンジンと伝わるが、それでも決して陰鬱ではない瞳やメロディーに、深くて暖かそうな顔の皺！　そのすべてに音楽に込めた想いがあふれ、目を閉じても開いても楽しめるキラキラとした作品だ。

『DEATH NOTE』コンビが『少年ジャンプ』に再登場。絵は得意だが覇気のない中３男子が原作者志望の秀才と組み、「18歳までに人気マンガ家（になって結婚する）」を目標に一念発起し、“まんが道”を歩み出す。憧れの同級生とのプラトニックな恋愛を絡めた「友情・努力・勝利」の熱い物語に、一時は売れっ子マンガ家だった叔父の死が奥行きを与え、少年マンガの王道の展開を盛り上げている。マンガという本来地味な創造の現場をリアルかつ劇的に構築している点はさすが。今後は『ジャンプ』の内情暴露（？）も気になるところ。

仕事も恋もうまくいかずモヤモヤと毎日を過ごす主人公、バティアのもとに迷子の少女が現れ、一緒に暮らすことに…。という物語を軸に、イスラエルの小さな街で生きる女性たちの日々が、少しずつ交差する。うまくいかないことが多く、揃いに揃ってむすっとした表情の登場人物たち。「そんなにいじけなくても…」と、思わず微笑んでしまうほどだが、心の風向きが良い方に転じる「ふっ」とした瞬間の描写は細やかで美しい。セットや小道具、それにキャストまでをも海やクラゲに見立てて撮影したという映像に迷い込んで、一緒にふ〜わふわ、漂ってしまおう。

インドで救援活動に勤しむ男が、寄付を申し出た実業家に会うためデンマークに里帰りする。交渉が成立し、娘の結婚式に出席するよう促された男は、そこで昔の恋人に遭遇。彼女は実業家の妻で花嫁の母だった。花嫁の口から、父親が実父ではないという事実が明かされ…。猥雑なインドの風景から始まる物語は、整然としたコペンハーゲンに舞台を移し、華やかな披露宴後の花嫁とその母それぞれの葛藤、実業家の病いなどを盛り込み、家族やそれを超えた人々の絆を描く。本作の前後に作られたスサンネ・ビア監督の『ある愛の風景』と『悲しみが乾くまで』も同時発売。

イラク帰還兵である息子に何が起きたのか──戦争をよく知るはずの退役軍人の男が、ある事件を調べる過程で、図らずも、戦場に送り込まれる兵士が抱える問題に直面することになる。前作『クラッシュ』が人種差別問題を安易に図式化せず、あくまで個人を描くことで、その一筋縄ではいかない現実をあぶり出したように、ポール・ハギスは本作でも、現代の戦争を客観的に眺めるというより、むしろ、それが当事者に及ぼす事態を、同じ目線で淡々と描こうと試みる。紛れもない反戦映画でありつつ、サスペンスドラマとしても成立している作品。

幼い息子を連れ、ソウルから亡き夫の故郷ミリャン（密陽）に移ってきたシネ。新天地で再出発を試みた矢先、息子が誘拐され、死体���発見された。茫然自失のシネは知人の勧めで通い始めた教会に安らぎを見出し、服役中の犯人に会いに行く…。ノ・ムヒョン政権下で文化観光部長官を務めたイ・チャンドンの４作目。映画界復帰が待ち望まれていた５年ぶりの本作は、決定的なキャスティングと揺るぎない演出で2007年カンヌ映画祭主演女優賞を受賞。女優魂を見せつけたチョン・ドヨンが、沈滞ムードの韓国映画界にひと筋の明るい陽光をもたらした。