主人公のブランコは、人間や動物の怪我を自分の体に移すことができる超能力少女。でも、傷ついた者を救う不思議な力を授けてくれたママは宇宙人にさらわれ、発明家のパパはブランコを置いてママ探しの旅へ。パパの残した発明品さえあれば何だってひとりでできるけど、本当に大切なのはテクノロジーなんかじゃないってことを、ブランコはちゃんと知っています。親子愛や人を想う気持ちがメインテーマの作品を多数収録。日本マンガが忘れかけている「胸キュン系」エピソードに心ゆくまで癒されちゃってください。

07年には世界の屠畜事情を丹念に取材したイラストルポ『世界屠畜紀行』（解放出版社）が大きな話題となった著者。08年末に放たれた最新作のターゲットはズバリ「おやじ」です！　酔っぱらい、バーコード頭、変な服…よーく観察してみれば、おやじにもずいぶんと種類があるようで。ページをめくるたび現れるのはひたすらおやじの絵なのに、いずれも大変個性的。まったくもって飽きません。ひとりひとりに付された著���コメントもふるっています。今和次郎の「考現学」が好きな人には特におすすめ。

「工作系ライター」を自称する乙幡が生み出す作品は、「アート」と呼んでありがたがるほど高級ではないものの、かといって「ガラクタ」と決めつけ蔑むにはあまりにも出来が良すぎます。日本画の幽霊をモデルに作るハロウィンのカボチャは不気味すぎるし、色とりどりのグミで作ったアクセサリーは無駄にゴージャス。くだらなくも面白い「ひらめき」を逃さずキャッチ＆具現化するパワーは、「流石」のひと言に尽きます。笑いながらサクッと読了でき、ついでに自分も何か作ってみたくなること請け合い。

大学在学中からその「ベルバラな日々」をコミック形式で発表してきたイバラノ氏。サラリーマンになってもライフスタイルは変わらない…どころかパワーアップしてます！　手帖の書き込みはカリグラフィー。地味な紳士物の傘は、バラの図柄でカスタマイズ。特技はオスカルの目を「前期・後期・外伝」で描き分けること。あまりに乙女な男子ゆえ、存在自体がフィクションなのでは？　と疑われますが、ちゃんと実在します（ちなみに24歳独身）！　収録作品はオール描き下ろしだから、ブログからのファンも楽しめますよ。

ほかほかご飯のお友達「ふりかけ」だけで、なんと１冊できちゃいました！　という本。のりたま派もゆかり派も、みんなで仲良く読んでください。ふりかけの歴史にはじまり、手作りふりかけのレシピ、果てはご当地ふりかけに至るまで、その魅力がこれでもか！　と紹介してあります。見ているだけでよだれが出てきそう…というか、見ているだけでお代わり３杯はイケそう。ふりかけって、白いご飯にササッとかけるだけで、どうしてあんなに幸せになれるのでしょう？　もはや人類永遠の謎ですね。

乗り気がしない創作ダンスに図らずも熱くなる、性教育の授業に刺激され男装でAVを借りグループで鑑賞する、野球部の自主練と称しボールを片手に好きな子の家の前をうろつく…などなど、『中学生日記』的な笑えてせつない話にあふれる中篇が完結。くだらない話は生き生きと、感動的な話は控えめに見せる、表情や仕種の大胆だったり繊細だったりする変化は漫画ならではのもの。コミュニケーションスキルが低いと自認する登校拒否の水上さんが思わぬ三角関係に悩まされる第11話がケッサク。水上さんが幸せになりますように…。

ビートルズ曲づくしの映画は過去にもあったが、これほどまでに歌詞をシンクロさせた作品はない。この映画で初めて歌詞を知る曲があれば、その体験はスリリングなものとなろう。リバプール出身の主人公ジュードは自身のルーツを探しに渡米し、アメリカン・カルチャー、ブラックカルチャー、そして60年代という時代を体験する。ソフトなマスク、野生味、絵心を備えリバプールなまりで話す彼は、「ビートルズ」の象徴とも読み解ける。そういう意味では、格調と瑞々しさが混在するこの映画の在り方もまたビートルズ的である。着地がばたばたになった点だけが惜しい。

漫画やアニメの実写化は珍しくないが、そのキャラが本作のジョーカーのように自立した存在に化けて現れることは滅多にない。悪人は良識では理解できないし、だからこそ、その存在はフィクションの幅を広げるが、本作の場合は、恐ろしく狡猾だが、もはや私利私欲には捕らわれないジョーカーが、常人の想像を超えた言動で物語を加速させ、作品全体のレベルを引き上げている。だれもがジョーカーみたいな奴とはかかわりたくもないだろうが、このジョーカーのことは二度と忘れられないだろう。米国史上歴代第２位の大ヒットも頷ける快作。

サイモン、アルビン、セオドア。お爺さんみたいに古風な名前のシマリスの歌が、アメリカ中のラジオから流れた時代があった。生みの親はソングライターのロス・バグダサリアン・シニア。道を譲らないシマリスを見てアイデアが閃き、ハイピッチの自分の声を多重録音。それを３匹のシマリスが歌っている設定にして、リスにはリバティ・レコードの重役や録音技師の名前をつけたという。1958年のクリスマスにリリースされ大ヒットした『ザ・チップマンク・ソング（シマリスの歌）』の、冗談と茶目っ気がクルクル渦を巻く陽気な世界が映像で甦る。

50年代のパリとカマルグで繰り広げられる、少年と異界の者との交流を描いた楽しげで軽やかな映画詩。しかし映像の圧倒的なきらめきの向こうに横たわる悲しみは、底知れず深い。たとえば人間が何か善悪の判断をするという場合、そのために必要な複雑で複合的な能力は、経験とともに変化し陶冶されていく。そういう能力が培われていけばいくほど、２つの映画の悲しみをつぶさに感じ取れるのではないかと思う。絶妙な長さの風船の紐、馬の顔にかかるすごい毛量のたてがみが、時に丸い風船玉やしなやかな馬の肢体以上に豊かな表情を見せている。

パリで映画を学ぶ台湾人留学生ソンは、７歳のシモンのシッターをしつつ、彼を主役にした作品『赤い風船』を撮っている。街をふたりで歩きながら、ソンはシモンにアルベール・ラモリスの名作について語る。開館20周年のオルセー美術館が映画制作に全面協力するプロジェクトの第１弾で、指名されたホウ監督がラモリスへのオマージュとして作り上げた。元になったラモリス作品のDVDが、同時発売されるので、そちらを先に観てからこちらを観ると繋がりがよくわかっておもしろい。シモンの母役、ジュリエット・ビノシュの金髪も印象的。

70年代、アメリカ政府はジョン・レノンを「反戦運動を扇動する危険分子」とみなし、ジョンへの盗聴・尾行など非合法の諜報活動を執拗に行なった。その事実を元FBI捜査官やニクソン政権中枢人物らが証言して進むこのドキュメンタリーは、最終的に「ジョン射殺＝アメリカ政府陰謀説」をも示唆する。惜しむらくは上映時間の短さ。強引すぎる仮説と誤解されぬためにも、証言を詰め込んだ超長尺版も観たいものだ。囁かれてきた陰謀説をついにヨーコさん公認で提示した命がけの作品ゆえに。限定盤には「本編未収録のインタビュー」収録の特典DISC付。

石油に次ぐ巨大マーケットを持つ国際貿易商品で、世界で１日20億杯も飲まれているという嗜好品。ならばなぜコーヒー豆産出国のエチオピアは、慢性的な貧困にあえいでいるのだろう？　イギリスの兄弟監督ユニットが現地を訪ね、市場のからくりを暴くドキュメンタリーを作った。極めて安価で売買され、農家が搾取されているという事実に突き当たるが、もちろんこれは一例に過ぎず他の商品だって似たり寄ったりのはず。消費者にできることは、フェアトレード商品を選ぶこと以外になにかないのだろうか。今日の１杯はやけに苦く感じた。

たとえば、わかりやすい感動だけよこせとか。自分の知性を保証してくれそうと思い込める作品なら観るとか。そんな映画鑑賞をめぐるせこさとは無縁の映画愛がほとばしる、至福の１本だ。優秀な能力を疎まれて田舎に飛ばされたエンジェル巡査と、警察映画マニアの警官バターマンが立ち向かう悪は、公共の利益を唱える善意の番人たち。英国式ミステリーから始まり、ブラッカイマー製作など敬意を払われにくい作品の愉快な技術を豪快に引用しながら、昔のバディムービーをトリビュートして東宝の怪獣映画になだれ込む展開のリズムも素晴らしい。

ブルース・リーの未完の遺作『死亡遊戯』完成を追う偽ドキュメンタリー映画である。監督、スタッフ、候補者、いずれも癖のある人生を抱えた者ばかりのコメディだが、演技はみな真剣でリアル、画質や音楽の70年代っぽさもハンパじゃない。数々の凄いギャグも含め、モンド趣味満載ながら決して悪趣味ではないのが素敵なのだ。ラストの献辞の人名を調べたところ、アジア系アメリカ人社会に寄与した映画人の名だった。その純粋な思いも含め、なんともタランティーノ的で『映画秘宝』的で渋谷系的、つまり、クールな映画馬鹿によるあっぱれな名作であった。

『匂いをかがれるかぐや姫　日本昔話Remix』の第２弾がついに登場。翻訳ソフトを使って日本語を英語に、そして再び日本語に。たったそれだけで、超有名昔話がものの見事にぶっ壊れます！　今度のメインターゲットは『浦島太郎』。「タンゴの国家」に暮らす「背面ストライプのタロイモ」が大暴れしますよ。ってそれ誰だよ！　他に『感謝するクレーン』『お花見パパ』も収録。元ネタが何かは手に取ってからのお楽しみ。バカバカしいと笑うもよし、誤訳を超えた「新しい文学」として読むもよし。翻訳行為のおもしろさに触れられる１冊です。

『行け！稲中卓球部』の偉大さを知っている世代にとって、最近の古谷作品がシリアス一辺倒なのは多少なりとも残念というか不安なわけですが、それでも新連載が始まればチェックし、単行本が出れば買う。もはや「性（さが）」ですな！　今作も、のっけからシリアスな匂いがプンプン。バイト以外に何もすることがない平凡な日常を送る主人公が、人生を変えようと動き出した途端、狂気の側へと転落してゆく…。似たような設定の作品があるからこそ、どういう結末に至るのかが気になります。

夢も希望も目標も見あたらず、かといって絶望しているわけでもないような現代の若者たちを描いた短編集。これだけテクニックがあれば、なんでも描けそうなものだが、作者が描くのは冴えない日常に倦み、疲れた文化系男子の自意識ばかり…。「世界の終わり」といってもSF的終末状況に陥ることはなく、テーマはむしろポスト近代にはびこる欠落感だし、たしかに「夜明け」は予感されるけど、それほど単純には喜べず…と、どうも微妙な書き方になってしまうが、時代の空気を捉えているという意味で気になる作家であることもたしかなのだ。

死刑囚の男のニュースを見た女が、彼に興味を抱き面会に訪れる…。聞いたことのある（『接吻』と似ている）設定だけど、キム・ギドクの完全なオリジナル。流行歌と色彩に溢れ、斬新この上ない。自殺未遂を繰り返し、苦悩する死刑囚を台湾のチャン・チェンが静かに、美しく熱演する。見知らぬ既婚の女（チア）は、面会室に四季をもたらし（自由で驚くが）、歌い、踊り、なんとしても彼の心を揺り動かそうとする。この執念はなに…？　夫の不倫への腹いせ…？　その様子をじっと“覗く”役をギドク自身が演じ、観客と一緒に愛の行方を見守る。

隔月の発行を心待ちにしていた人にはたいへん悲しいお知らせですが、なんと今回で「第一期終了」だそうです。比喩ではなくリアルに虫メガネが必要な極小文字で埋め尽くされた誌面には、現代カルチャーにおける重要トピックがびっしりぎっしり。「濃縮雑誌」という自称に違うことなきこってり具合となっております。最終号は、舞台『幸せ最高ありがとうマジで！』が話題の本谷有希子インタビューのほか、保坂和志、古川日出男×大竹伸朗などが登場。最終号ならではの実に賑やかなフィナーレとなっています。

筑摩書房版『つげ義春全集全８巻・別巻１』がとうとう文庫になりました！　ハードカバー版の購入を見送ったままになっていた人にとって、これは願ってもない朗報のはず。サイズも価格もスリムになってうれしい限り。夢と現（うつつ）の境界線が消失してゆく怪しき「つげワールド」を思う存分お楽しみください。コレクション第１弾は、70年代後半の作品を中心にしたラインナップ。「ねじ式」「ゲンセンカン主人」といった代表作のほか、作者の見たエロティックな夢を元にした「夢の散歩」「ヨシボーの犯罪」などが収録されています。

驚異のロングランとなった食と命のドキュメンタリー。『Our Daily Bread』という原題そのまま「私たちの日々の糧」である肉、魚、野菜などがどのように作られているのか、その生産現場を淡々と映し出すのみ。巨大な養鶏場、牛と豚の解体工場、農園などを、仕事に従事する人々の姿とともに美しい映像で綴っていくが、ナレーションやインタビューは一切なし。ショッキングなシーンもあるけれど、食の問題がいろいろとクローズアップされる今だからこそ、「食べる」とはどういうことなのか、目をそらさずに見ておきたい。

「ありきたりはイヤだ！」というひねくれ系美術ファンに是非おすすめしたい１冊。大手の紹介はそこそこに、渋めの古本屋から、個性的なギャラリー、果ては遊園地に至るまで「あえて王道をいかない」アートスポットがたくさん紹介されています。さらに「わたしはTOKYOが心から好きです」から始まる草間彌生の文章や、辛酸なめ子による「宇宙歌謡」シンガー（！）へのインタビューなど、読み物ページも大充実。おでかけ時に役立つ休憩処やアートなお土産情報もバッチリの「東京アート情報のお徳用詰め合わせ」となっております。

地方に暮らすジェシカは、祖母がかつて憧れたパリにやってくる。老舗のカフェでギャルソンとして働き始め、店の人気者に。そこは女優や音楽家など著名人が集い、それぞれの人生が交錯する場所だった…。『シェフと素顔と、おいしい時間』の女性監督ダニエル・トンプソン最新作で、脚本は息子クリストファーとの共同執筆。ジェシカを演じるベルギー生まれの女優、セシール・ド・フランスの魅力が炸裂しているが、祖母役のシュザンヌ・フロンも愛らしい。残念ながらクランクアップ直後に87歳で逝去し、遺作となった本作は彼女に捧げられている。

目覚めると窓の外に爆撃機が浮かんでいたり、憧れのロックスターと結婚した女の子の新居は列車のコンパートメントで、外に見送りの人が溢れていたり…。夢と現実をモザイクのように巧みに組み合わせ、地球の住人、人間への惜しみない愛を描く。路上でスカウトしたという素人俳優の存在感が不気味にリアルで、巨匠ロイ・アンダーソン独特の“トリビアリズム”に惹き込まれる。40年前に20分カットされて公開されたという監督デビュー作『スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー』（ビヨルン・アンドレセンも出演）の完全版も併せて見たい！

高層ビルの窓ふきバイトに勤しむ音大生が、窓越しに出会った年上のOLにひと目惚れ。居酒屋や動物園でのデートを経て、それぞれ悩みを抱えるふたりの心が少しずつ寄り添っていく……。特にこれといった事件は起こらない。誰もが多かれ少なかれ抱いている日常的な倦怠感や将来への不安が、ちょっとしたきっかけで変化していく。その兆しが見え隠れするエンディングに余韻がある。実年齢はむしろアラフォーの坂井真紀が、悩めるアラサーOLを好演。多くのシーンが名古屋で撮影され、東山動植物園の歩くコアラなど、動物たちの表情も愛らしい。

19世紀末ウィーン、人々が心に抱える鬱屈した気持ちは、ある幻影師が見せるイリュージョンへの熱狂や執拗な解明欲求となって現れた。後者の代表が、一見、理知や革新を象徴する皇太子レオポルド。その権力にアイゼンハイムが抗い、偶然知った皇太子の陰謀から逃れていく物語は、彼に惹かれる警部の視点から語られる。撮影現場を驚愕させたというエドワード・ノートンの奇術。編集の効く映像でマジックを観ても…と思うかもしれないが、ご心配なく。目で観たことが全然当てにならない、非特撮のすごいものが、あなたをきっと騙し���くれる。

HIMのダグ・シャリンにトータスのジェフ・パーカー、そしてビル・ラズウェルとバーニー・ウォーレル。最高にファンキーなやつらだ！　ん？　ちょっと待て！　なんだか落ち着いてるじゃないか。ビル・ラズウェルらはファンクとアンビエント、ダブを結びつけるような人物だと思い出すと納得するが、これはファンキーというよりダビーで、HIMの大傑作「Sworn Eyes」に極めて近い。リズムがまったくない中からいつ爆発するかという緊張感は本作の長所だろう。で、爆発は何度かするが、こんなメンツなんだから、たまにはもっと極端に騒いでもよかったなと。DVDはダグ・シャリン編集のPV的な映像作品。

国際都市ロンドンの裏世界を、冷たく美しく映し出した犯罪映画。出産とともに絶命した少女の身元を調べるうちに、若い助産婦が図らずもロシアン・マフィアに接近すると、レストランのオーナーにしてマフィアのボス、お調子者のその息子、謎めいた強面の部下らが暗躍、跋扈するさまが明らかになっていく。謎を残す結末にカタルシスの不足を覚えるかもしれないが、覚醒したまま悪夢を見せられるような異様な緊張感の漂う前作に続き、冷徹な暴力描写はそのままに、鬼才クローネンバーグがさらに新たな境地に達した作品といえるだろう。

16歳の少女が興味本位で同級生と性交すると図らずも妊娠。一度は堕胎を決意するが、友人、家族、フリーペーパーで見つけた里親夫婦を巻き込み、騒動が広がっていく……。新旧ポップソングとともに、深刻になりがちな話を淡々とユーモラスに描いた作品。が、それゆえ賛否両論を呼ぶことも確実。ともあれ、それも「子どもって、だれのもの？」とも考えさせる、新しい米国的家族像を示した戦略的な脚本だからこそと言えるかも。ストリッパーの経験を描いた自伝で注目されたディアブロ・コーディは、初脚本の本作でアカデミー賞を受賞した。

ベルリンのMorr Musicの看板アーティストにして、ピアノ中心のエレクトロニカの典型による新作。曲またはアルバム全体の長さや、楽器編成、テーマ、演奏場所など、作品ごとにとにかくどこかスケールの大きい、というか大げさなことをやる彼だが、今回のそれは、友人の死という事件を極めて感情的な曲で描いていることだ。ただし、今回はとくに優れたソングライティングのおかげで、涙を誘う内容がある程度正当化される。そもそも壮大な話題を直接的に取り上げる曲は少なく、それら少しベタ過ぎる曲を除けば、前作よりクオリティが高くかつ密度の濃い、彼の本質的な作品が残る。

1994年にテルアビブで起こったバス爆破テロの写真が『タイム』の表紙を飾り、一躍メジャーになった写真家を追いかけたドキュメンタリー。美しい妻、愛らしい娘との３人暮らしだが、ひとたび事件が発生すれば、妻子にはなにも告げずに危険な場所へ駆けつける。イスラエル人フォトジャーナリストとして使命を抱き、パレスチナ問題を撮り続けるその素顔を現場同行取材とインタビューで浮き彫りにし、見応え十分だが、スタイリッシュな映像と音楽は邪魔な気がした。「彼の賞は私のもの。留守中の寂しさに耐えたんだから」と語る妻の言葉が印象的。

前作『ハックル』で注目されたハンガリーの若き鬼才、パールフィ・ジョルジ監督の第２弾は強烈だ。第２次大戦で１兵卒だった祖父、共産主義時代に大食いアスリートだった父母を持つ、若き剥製師の３世代にわたる物語。過剰な性欲や食欲は、本能ばかりでなく孤独の代替行為であり、究極の欲望へと向かうラストは壮絶だ。エグい場面も多いが、終始美しいカメラワーク。身体や顔における西洋的な美学へのアイロニーもあり、人間は皮１枚のことに翻弄されているとつくづく思う。しかし、心臓の弱い人は要注意。公開時の評価もまっぷたつに割れた。

透明なエレクトロニクスの和音に優しいピアノとギター。控えめのリズムが加わり、１曲目が展開する。次の曲はだいたい同じパターン。その次も。こんなのはもう飽き飽きだから、そこらへんのエレクトロニカ作品ならここでCDを取り出し、棚にしまって忘れる。でも、この人の場合は違う。このジャンルの最大の詩人であり、同じ素材を使ったとしても、みんなと違うものを作る才能とセンスの持ち主だ。ボーカルも入っていた前作から一転、フルインストに戻った最新作。まったく新しく聞こえなくても、スケール感あるベースや、シューゲイザー的なリフで深みを作り出す腕は無比で、そのメロディの美しさに感動しっぱなし。もうちょっと驚きがあれば満点だけど...。

アンディ・ウォーホルのミューズだったイーディ・セジウィック。28歳で閉じた破天荒で孤独な人生を、現代のファッションアイコン、シエナ・ミラーがキュートに熱演する。家柄、カリスマ性、美貌とスタイル、モード…、欲しいものすべてを備えた女の子に夢中になるウォーホル。ガイ・ピアーズが鼻持ちならない軽薄さをうまく出していて、感服！　さて、 一躍時代のスーパースターとなったイーディだが、ボブ・ディランとの恋が終り、ドラッグに溺れ、堕ちていく様が痛々しい…。「ファクトリー」の再現や、60年代のファッションも見どころ。

ヘンな本だ。文章のために挿入された写真でもないし、写真のために挿入された文章でもない。各章の文末には撮影日時、場所が明記されていて、いまの写真と過去をテーマにした文章が並び、両者はたしかにすれ違っている。ある意味ニアミスの結果として現れるブレが、いまの東京という地平なのか？　自分が立ったことのある場所の写真も、そうでない写真も、その中にだけ存在する場所であることに気づく。「写されることを望んだのはその場所自身なのだ」的な、安易な擬人化を拒む現前と、バブル時代の嫌味なニートの文章に賦活される不思議。ヘンな本なのだ。

詩人、歌手、俳優、カウボーイ…と、職業や世代の異なる６人の男たちを通して描かれるボブ・ディランの物語。ひとつのキャラクターに馴染んだも束の間、次のディランが現れる。複雑な構成で何だか煙に巻かれた気分だが、エンドロールが流れるころには、多層な彼の存在感が少し身近にも感じられる。６つの物語をまとめる名曲の数々に聴き入り、ケイト・ブランシェットの熱演は言うまでもなく、今は亡きヒース・レジャーの繊細な演技にホロリ。ひとりの男が人々に与えたインスピレーションの波をゆらりゆらり、いろんな角度から楽しもう。

社長の命を受けリストラに精を出し、新人研修の準備に余念がない鬼塚太郎。冷酷な仕事っぷりで恐れられるIT企業の人事部長で、家では厳格な父親でもある。そんな彼がある日捨てネコを拾い、研修用に借りているマンションの１室でこっそりと飼い始める。会社で開発中の監視ロボを部屋に置き、仕事中も携帯でネコの様子をチェック…。ドラマの脚本家として活躍する大森美香が監督として手掛けた３作目。こわもての男が１匹の子ネコに翻弄され大奮闘する姿を、大杉漣がコミカルに演じている。ネコ好きはもちろん、そうでなくても心が休まり、温まるはず。

マルジは独立心旺盛な10歳の女の子。イラン革命を体験し、「預言者になる！」と言い出したり、政治犯として投獄された叔父が処刑されたり、怒濤の子供時代を過ごす。マイケル・ジャクソンのバッジを身につけただけで、補導されかかることも！　そんな彼女の成長を、原作者でありマルジ自身であるマルジャン・サトラピが戦争と悲しみのドラマにとどまらず、必死に日々を生きる人々のおかしみと愛の物語として表現した。モノクロのアニメーションから溢れ出るユーモアとマルジの一生懸命さは国や時代なんて超越していて、元気が直に胸に届く。

NY在住フランス人のマリオンが、アメリカ人の恋人ジャックを連れてパリに里帰り。彼女の家族や元カレたちに戸惑うジャックは、ついにマリオンと大ゲンカ…。ゴダールやカラックスの作品で知られる女優、ジュリー・デルピーが監督、脚本、製作、編集、音楽、主演の６役をこなし、仏米間のカルチャーギャップをコミカルに描く。両親役をジュリーの実の両親（ふたりとも俳優）が、ジャック役をかつて恋仲とうわさされたアダム・ゴールドバーグが演じるという、身内フル活用のキャストも微笑ましいが、それにしてもジュリーの名実伴う貫禄にはびっくり。

ファンキーなハウスやちゃちなディスコ、直球なテクノ、メロディ重視のエレクトロポップなどを手がける何でも屋、モーガン・ガイスト。ソロ作としては前作から10年も経ち、とらえどころの少ない人だが、D. Wangらのヒット曲で知られる彼自身のレーベルEnvironや、Darshan Jesraniとの名ユニットMetro Areaなど、絶妙なセンスを世界中に散らしてきたリリースは様々。そのすべてを１枚にまとめた作品がこれ。古臭いと同時に、洗練されたアレンジがまったく現代的な彼の新アルバムだ。ソウルフルなボーカルナンバーから壮大なインスト曲まで、どこを切っても楽しいのひと言！

周りからド変態と噂される、初老のFBI捜査官。この男はアメリカ史上最悪の二重スパイだった…。500人以上のFBIチームによる執念と調査の結果、2001年に捕まった特別捜査官ロバート・ハンセン。情報被害の全容は、甚大すぎて今なお掴みきれない。事件から６年、ドリフさながらのピンチ脱出劇と、重厚なクライムサスペンスの両方を併せ持つ傑作が誕生した。ハンセンを追い詰め、手柄を立てた直後にFBIを去った若手訓練捜査官の視点を軸に、逮捕までの２ヶ月間を描く。硬質な映像には、これまで撮影を許されなかったFBIの重要な内観も収められている。