COLUMN

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Out of Tokyo

119:記録と記憶と時間(と生)
小崎哲哉
Date: August 04, 2005

新しくできた吉祥寺シアターで『3年2組』を観た(7/18)。作・演出・振付はニブロールの矢内原美邦で、といってもダンスではなく演劇である。題名から察せられるように学校/教室を舞台に、タイムカプセルを埋めたというエピソードを中心として、このどうしようもない世界の中で生き続けねばならない個々人の思いが語られる。テーマをむりやり要約すれば「記録と記憶と時間(と生)」とでもなるだろう。演劇でも文学でも何度も取り上げられているテーマだが、矢内原はその主題に正面から向き合っていた。

 

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『3年2組』(写真:増永泰幸)

聞き取れないほどスピーディな台詞回しと、ストーリーの展開と微妙に結びついている(と感じられる)役者の動きが面白かった。だが、いちばん印象的だったのは芝居の冒頭だ。雪と灰のどちらに見立てているのかはわからないが、舞台には最初から白い紙吹雪が舞っている。ウィリアム・フォーサイスの『失われた委曲』(1991)は、紙吹雪が降り続けるなか終幕を迎えたが、『3年2組』は「白い世界」を所与のものとして始まるのだ。

 

そこで連想したのが、2000年に亡くなった如月小春である。83年からのNOISEの公演では、白い衣裳を着け、白い球体を抱えた「白い男」が、冒頭と終幕部に現れるのがほぼ恒例となっていた。戯曲『MORAL』(84)のト書きには「白い男は独特の速度で動作する。彼は超越的な事柄——世界、人類、精神性、神…——の象徴として、これから始まる人間たちの劇とは異なる位相に存在している」とある。白い紙吹雪を舞わせた舞台もあったような気もするけれど、いまひとつ記憶が定かでない。


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『3年2組』(写真:増永泰幸)

ニブロールとNOISEには多くの共通点がある。この連載の「Out of Tokyo 032:子供の国のダンス」にも書いたことだが、ダンス(や演劇)を、映像、音楽、ファッションなどの異ジャンルと組み合わせる手法は、80年代に「パフォーマンス」と呼ばれ、1ジャンルを形成していた。その代表的な存在のひとつが、NOISEだったのだ。社会と個人というテーマが前面に立っているあたりもよく似ている。これは僕だけの印象ではなく、如月の夫でNOISEのプロデューサーを務めていた楫屋一之(現・世田谷パブリックシアター プロデューサー)も同感だと言っていた。

 

70年生まれで関西育ちの矢内原は、主に東京で活動していたNOISEの舞台は観ていないだろう。尋ねてみたところ、「楫屋さんに戯曲集をいただいて、すごい、おもしろいと思いながらあっというまに読んでしまいました。私はまだまだ模索中ですが、身体から言葉を発する時の意識、状態などに興味が移行しているので、それに正直にこれからもやっていきたいと思います」という返事が戻ってきた。


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ローリー・アンダーソン@ICC

こういうかたちで何かが受け継がれるのはよいことだが、一方で釈然としない思いも残った。NOISE作品のほとんどは、ビデオなどで記録されているはずだ。先達の活動を知らない後発世代のために、どこか公の機関がNOISEだけではなく他の劇団やカンパニーなどの記録をアーカイブ化し、広く一般に閲覧あるいは貸出ができるようにするとよいのではないか。もちろん映像だけで作品の本質が伝わるものではないが、過去にどのような手法が試されてきたか、くらいのことは共有されるといいだろうし、そうされるべきだと思う。


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氷は本物でした

同じ週にICCで、『ローリー・アンダーソン:時間の記録』展が開幕した(7/22-10/2)。7/21の内覧会で、アーティスト自身によるエレクトリックバイオリンの演奏を聴きながら、ローリーの活動を敬愛し、おそらく影響もされていたであろう如月のことを思った。『ART iT』の連載「Behind the Scenes」で報じたとおり、ICCは閉館が噂されていて、とりわけ収蔵作品やデジタルアーカイブの行く末が危惧されている(記事のPDFファイルはこちら)。ここでも問題は「記録と記憶と時間(と生)」なのだ。残すべきものは残さなくてはならない。(2005.8.4)

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パパ・ウェンバのサイン
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キース・ヘリング

【追記】

7/31に表参道のCAYで知名定男のライブを聴いた。素晴らしい弾き語りの後で、CAYはこの日を以て休業し、改装に入り、10月のリニューアル後は(少なくともこれまでのようなかたちでは)ライブは行われないことを知った。なんと!

 

CAYは20年にわたり、ワールドミュージックなどを積極的に紹介してきたライブハウスである。壁にはパパ・ウェンバや喜納昌吉や清水靖晃ら、これまでに演奏したことのある音楽家のサインが、グラフィティよろしくぐちゃぐちゃに書き記されている。キース・ヘリングの絵まであるのだが、この壁も取り壊されるか上塗りされると聞いた。「記録と記憶と時間(と生)」……。

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。