COLUMN

outoftokyo
outoftokyo

Out of Tokyo

041:『屏風』について
小崎哲哉
Date: July 11, 2002

7月上旬、ジャン・ジュネ原作の『屏風』が世田谷パブリックシアターで上演された。1961年にベルリンで初演され、66年にパリのオデオン座で上演された際には、アルジェリア独立戦争(54〜62年)に対する風刺・批判が含まれていたために大スキャンダルとなった芝居である。上演時間が最低でも3時間半、登場人物が約100人というこの作品を、フランス人演出家フレデリック・フィスバックは、日本の浄瑠璃の手法を応用したナレーション的台詞と、やはり浄瑠璃の流れを汲む人形芝居・結城座の人形を生身の俳優と同時に用いるという方法で舞台化した。

 

photo 写真:石川純

人形の使用には大きな問題があったと思う。伝統的な浄瑠璃の人形と比べると、結城座の人形はサイズが半分以下でしかない。そのために人形の仕草や「表情」がよく見えず、劇場はオペラグラスを無料で貸し出していたけれど、もちろんそんなものを使っては興が殺がれる。パブリックシアターよりも小さなハコだったらマシだったかもしれないが、それにしても「ミニマル」というよりも「見づらい」「みすぼらしい」という印象が先に立った。もちろんそれは、演出家の意図するところだったかもしれない。とはいえ率直にいって、舞台左右に配置された字幕と小さな小さな人形の演技とに交互に目を運ぶのには、相当に骨が折れた。

 

その一方、日本的な人形がフランス人憲兵や、入植者や、アラブ人や、娼婦や、さらには死者を演じるのは大いに刺激的だった。ジュネの原作はもちろんアルジェリア人の側に立ち、宗主国フランスにいるフランス人、そこから派遣された軍人、北アフリカに移住した入植者たち、入植者たちが搾取するアラブ人、アラブ人が馬鹿にするベルベル人……といった差別の連鎖を、お得意の性的な、またスカトロジックなアリュージョンに満ちた台詞と仕種とで明らかにしている(死にゆくフランス人兵士に「祖国の香りを嗅がせよう」といって、同僚の兵士たちが放屁の音で『ラ・マルセイエーズ』を奏でるシーンなどは抱腹絶倒ものだ)。

 

photo 写真:石川純

そういった差別は、実は上に記したようには単純でない。僕は、江戸幕府による薩摩への、薩摩藩による琉球への、琉球政府による先島(八重山)諸島への差別を連想したが、日本の南部においてであろうが北アフリカにおいてであろうが、差別はほぼ無限に細分化され、たとえば島の内部の部落間で、あるいはアラブ人の集落間で、家と家との間で、さらには家庭の内部でも……というように際限なく存在する。つまり差別は普遍的なものであり、ジュネは、独立戦争当時のアルジェリアという特別にして固有の背景の上に、「差別」という、いわば「グローバル」でどこにでも在りうるものを配置しているのだ。

 

フィスバックの演出は(ピーター・ブルックのように)、「知性の演劇」のブレヒトを父に、「残酷演劇」のアルトーを母にしているのかもしれない。それは演劇の門外漢である僕にはよくわからない。僕に言えるのは、『蝶々夫人』で主人公に星条旗を振らせなかったロバート・ウィルソンのように、また『ハムレットの悲劇』で主人公を現代に(あるいは「あらゆる時代」に)生きる(黒人の)青年に設定したブルックのように、「普遍への意志」というものが感じられるということだ。政治経済のグローバリゼーションは勘弁してもらいたいが、芸術文化表現におけるこの意味での普遍化は、アルジェリア戦争の時代以来構造が変化していない世界にあっては、ますます必要とされるものだと思う。

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。